いつものように学校のテストをママに見せに行く。陸がママには見せてあげなさいって言うから来ているんだけど…。
「もうっ、聖ったらなんて賢いのかしら!」
ママ、それは馬鹿親と言うんだよ…。親バカじゃないからね、言っておくけど…って声には出せないけどね、怖くて。
「ママ、零くんと陸はどうだった?」
僕は零くんと陸がどんな子供だったか知りたい、だけど二人とも教えてくれないんだよね。
「零はとっても楽な子だったわ。早くから自分がお兄ちゃんだと自覚して実紅と夾の面倒をよくみてくれたの。1番世話してくれたのは陸だったけどね。」
「陸の面倒もみてたの?」
一緒にいなかったのにどうやって?
「零は陸が産まれる前からとっても楽しみに待っていたの。だけど一緒にいられなかったから凄くがっかりしたみたい。」
ふーん。
「運動会ではいつも後ろの方を走っているの、後で零から聞いたんだけど自分が前を走ったら他の子が後ろを走らなくてはいけないから自分が後ろから走るって言ったらしいわ。」
なんか陸らしいな。
「陸の話は零の方が一杯知ってるわよ、多分ゆうちゃんより知ってると思う。」
その時のママの顔はとても寂しそうだった。
「なんであきらちゃんにそんな話聞いてきた?」
翌日、午前中は休みだと言う二人がなかなか朝起きて来ないので朝食で釣ってみた。
「でもママ、陸のことは零くんに聞けって。」
途端に陸の顔から笑顔が消えた。
「そう、だよね、僕の子供の頃…零の知らないこと…聞きたい?…ううん、今まで言わずに黙っていたけど言わなきゃいけないことがあるんだ。」
突然に陸はうつむいたまま陸の子供時代の話を始めた。
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「嫌だぁ〜今日はパパと一緒に動物園に行く約束したんだもんっ。」
ばあちゃんが困っている。
パパが帰って来ていないのはわかっていた。
自分が我侭を言ってばあちゃんを困らせているのは解っていた、解っていても止めることが出来なかったのはパパが昔のように自分に関心をもってくれるのを待っていたからだ。
じいちゃんも、ばあちゃんも、おばちゃんもおじちゃんも皆僕に対して優しくしてくれる。
だけどいつだって一番僕を大事にしてくれたのはパパたった。
僕の世界はパパで回っていたのに、パパは何時だって僕のいない時間にしか家にいない。
だから約束と称して無理にでもパパの時間を自分の物にしようとしていた。
僕にはママがいない事は僕が小さい頃からパパが話して聞かせてくれたから知っていた。
「陸のママは遠い所で一生懸命頑張って生きているから。陸に会うことは出来ないけれど、いつだって陸のこと想っていてくれているよ。」
パパはそう教えてくれた。
ママが僕のこと考えてくれていなくてもいいんだ。じいちゃんにはばあちゃんがいて、おばちゃんにはおじちゃんがいるのに、どうしてパパにはママがいないのかが不思議だった。
「ママは死んじゃったの?」
何度も問いかけた。
「ママは生きているよ。きっといつか、陸にも話してあげるから。」
その時、子供ながらに思ったんだ、パパにはママが必要なのではなくて、僕が必要なんだって。
僕がパパのママになってあげたらいいんだ。
さて、ママになるにはどうしたらいいんだろう、色々考えた。
本を読んだりテレビを見たりした、だけど分からなかった。
ある時高校生くらいの男の子と女の子が手を繋いで歩いていた。そして時々キスをしたりしてとっても楽しそうだったんだ。
僕もパパと一緒に手を繋いで歩いたらいいんだ、デートしたらいいんだ、って子供心に思ったんだけど、パパと一緒に外を歩くのはとっても難しいことだって気付いたのは暫くしてからだった。
「パパは陸のことを誰にも話していないんだ。」
話していない?
「陸は母さんが俺の弟として育てているらしいよ。」
なんだか投げやりに答えるんだ。
「ねぇ、パパは僕のこと嫌いなの?」
「大好きだよ。」
「じゃあ、一緒のベッドで寝ようよ。一杯ぎゅってして、一杯キスしようよ?」
「陸?」
「テレビでね、みんな結婚式すると一緒のベッドに寝るんだよ。パパだって女優さんに「好き」って言って一緒にベッドで抱き合っていたじゃない。僕、パパのママになってあげたいんだ。パパの一番大事な人になりたいんだ。」
パパは僕を抱きしめた。
「当たり前だ、俺の…パパの一番大事な人は陸以外にいないのは解っているだろう?パパが仕事を頑張っているのは、陸がいるからなんだ。陸が良い子になるように、頑張っているんだ。」
「僕、良い子になるからそばにいてほしいんだ。パパがいないお家は嫌なんだ。ばあちゃんに怒られるの、嫌なんだ。パパに怒られるのは仕方ないって思うけど、ばあちゃんは嫌いなの…必ず…ママの悪口言うの…あんな女のどこが良いんだって…僕知らないのに…パパの大好きだった人なのに…だから僕がママになるの。」
両腕を精一杯伸ばして、ユーカリにしがみつくコアラみたいにパパの身体に抱きついた。
「陸が、男の子で良かった…」
そう言うとパパは僕の唇にそっとパパの唇を重ねた。
それからは何度となく、パパとはキスをした。
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「だから僕ともキスするの?」
聖が何だか不服そうに問いかける。
「うん。僕は大好きな人とはキスしたいんだ。駄目かな?」
うーん…と唸ってから「大好き…なの?」と呟く。
「うん、パパと同じくらい大好き」
聖が再び唸っている。
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それは、突然だった。
「僕、君のお母さんのこと知っているよ。」
ばあちゃんは僕が公園へ遊びに行くのを極端に嫌ったので、いつでも庭か家の周辺で一人遊びしていることが多かった。
僕は小さいときから友達が少なかった。
幼稚園でも特別に仲良くしている子はいなかった。
いつだって平均して誰とでも話はするけど、「仲の良い子とグループを作る」といわれると困ってしまって誰かが声を掛けてくれるのを待っている子だった。
「どうしてママのこと知っているの?僕、知らないのに…」
声に出して言っているつもりだったのに音になっていなかった。
「なぁに?」
少年は僕の唇に耳を近づけた。
その行為がとっても恥ずかしくなってしまって、僕は一歩、下がった。その弾みで転びそうになったところを少年が抱きとめてくれたんだ。
ドキドキした。生まれて初めてドキドキした時はそのときだったと思う。
最初は転びそうになったことに対してドキドキしたんだと思った。だけど次にその少年に会ったときにはドキッとしたんだ。
だからそうか、この少年がママのこと知っているって言ったからかな?って思ったけど、なんだか違うんだ、ドキドキが止まらないんだ。
そしてとっても嬉しかった。
顔がほころんでくるのが分かったから。
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「そんなに、楽しみにしていた?」
こくん
僕は声に出来なかった。当時の想いが蘇ったように、ドキドキしていた。
零が照れくさそうに微笑む。
「僕も、楽しみにしていた。」
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僕がパパの本当のママになれないのは、僕が男の子だからなんだ。
そう思った僕はどうしたら女の子になれるか考えた。
とりあえず分かったことは女の子は髪の毛が長いってこと。だから髪を伸ばした。
ばあちゃんにいつも怒られて、何度も短くされてしまったれど、抵抗できるときは徹底して抵抗した。
でも髪を伸ばしても女の子にはなれなかった。
少年―零に会ってますます僕は女の子になりたいって、思っていった。
パパとはキスできるけど、零とは男の子だったらキスできないって。
暫くして、本当に零がママを連れてきた。
パパはママじゃないって言ったけど、僕には直ぐに解った。
あの人がママだ、パパの一番大好きな人だって。
パパの瞳が違うんだ。
誰を見る瞳とも違った。
パパが一番愛した人なんだ。
でもその人は零のママなんだって。
どうして零のママが僕のママなんだろう?
零のパパはパパじゃないの?
なんで?
一杯考えた。
その晩、ベッドの中でパパが泣いていた。
ママの名前を苦しそうに呼んでいた。
僕は寝た振りをしていたんだ。
パパが一杯泣けるように。
涙が出ると悲しい気持ちが少しだけ軽くなるって、僕は知っていた。
だからパパに一杯涙を流して欲しかった。
でもパパは僕のパジャマの前を開くと身体中にキスをしたんだ。
「俺には、陸がいる…愛してる…だから…」
言い訳のように呟いて、僕の身体にキスをした、ずっとずっと、朝まで…。
僕は、パパのママにはなれない事を悟ったんだ。
それから、パパは家にいてくれるようになった。
一年のうちに仕事は一本しか入れなくなった。
だからロケが始まるとずっと留守になってしまうけれど、それ以外はいつだって家にいた。
時々、色んな女優さんが家に来てパパに罵詈雑言を吐いて出て行ったけれど、パパは僕だけを見てくれるようになった。
だから、僕はパパを見ていた。
心の中では違う気持ちがあったけれど、それは眠るようにひっそりと片隅にしまっておいた。できれば起きないように、ずっとずっとしまっておこうと思った。
その頃から、僕は夜寝るときパジャマを着なくなった。パパがいつでも僕にキスできるように、素肌で抱き合えるように。
パパに抱きしめられるのは好きだった、気持ちよかった。…代償行為であったのは気付いていた。だけどパパに全てをゆだねても良いって、本気で思っていたんだ。
だけどね…パパは男同士でセックスするってこと、知らなかったんだ。
僕は…知っていた、零に教えてもらったから。
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「ちょっと待った、僕がいつ教えたって?」
「小学校4年のとき。」
「覚えていない!!大体それなら僕だって中学1年か…知っていたか…でもなぁ…」
覚えていないかも知れない。
「正確には教えてもらったんじゃない、見たんだ。」
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更に言えば男同士でセックスすることを教わったんじゃ、ない。
あの頃、僕は自分のことだけしか考えていなかった。
パパを好きになれば、パパはずっと僕だけを見ていてくれる、パパを独り占めしよう…そう考えていた。
だけど自分の手で自分を慰めるときは、別の人を想っていた。
なのに最後まで出来ないんだ。
詳しいことは知らないのに学校でクラスメートが話す内容を聞いてそんなことをしてみた。
それをパパに見られてしまったんだ。
「…陸もそんな年なんだな…」
パパはそういうとベッドの上に腰をおろして嫌がる僕の手を引き剥がすと優しく手で愛撫してくれんだ。
物凄く気持ちよくてあっという間に達した。
初めての射精だった。
「あっ…あっ…あぁぁ…」
僕は怖くて頭を抱えて泣き出した。
パパはそれをみて動揺した。
「ごめん、パパ、いけないことをしてしまったのか?」
パパは普通に父親になったわけではないから、どうやって子供に性教育をしたらいいのか考えていたらしいんだ。
それで僕のそんな現場を見つけてしまったから勢いでやったらしいけど、まだ早かったのではって、動揺したんだよね。
「違っ…違うよ…あっ、だけど…」
僕はパパの手に出したものを恥じていたんだ。
…零にはこんな穢れた自分を知られたくないって…。
こんなときでも僕の頭の中は零で一杯だった。零のことを考えたら食事も喉を通らなくなっていく。
パパとの性行為はそれからも時々あったんだ。と言ってもパパが僕のペニスを手でしてくれるってだけで僕がパパにしてあげる勇気はなかった。
…その、してもらうときはいつも僕がお願いしていた。零を想うと直ぐに身体が反応するようになってしまったから。
パパが、零の代わりだったんだ。
ある日、パパが僕のをしてくれているとき、初めてパパのペニスが勃起していることに気付いた。今までなかったんだ。
パパは…その…僕をママに宿すためにしたセックスが最後で、不能になっていたんだよね。
「パパ…僕がしてあげる」
変な親子だよね、父親と息子が二人でしごきっこしているの。はたから見たら本当にへんだと思うけど、その時は必死だった。
パパが出したものは物凄く多くて、ちょっとぴっくりした。
大人なんだなって、思った。
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「零。僕は聖が零の息子だって知っている…ってあの時言ったよね?」
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涼さんが事故で家に帰らなくなってしまったのは実紅ちゃんから聞いた。
この頃、僕は零と半年に一回くらいしか会えなかった。
僕は会いたくて待っていたりしたんだけど、零が僕を避けていたって、後から悟った。
パパとのセックスがいけないことだって思って、でも相談する人がいなかった、零以外に。
あの時は僕、好きだったんだ、ママのこと。
だから意を決して会いに行った。
「あっ、れいっ…駄目…」
加月の家のリビングで、ママと零が、抱き合っていた。
「あきらちゃん、涼ちゃんはもう戻ってこないから、僕が涼ちゃんの代わりになってあげるから。」
そう言って身体を繋いだんだ。
最後まで、見ていた。
僕の零が、ママに穢されて行くのを見ていた。
でも僕だって同じだ。真っ黒に穢れている。
零も僕も、なんて穢れているんだろう…性交渉によって親子の愛情を繋ぎとめるなんて。
暫くしてママが妊娠したのを知った。
零は穢れてなんかいない、だからママは子供を授かったんだって、羨ましかった。
僕は穢れているから、零の子供は授かれないんだ。だから女の子にはなれいんだ。
聖は天使だった。僕の天使だった。穢れた僕をきれいに浄化してくれる天使だと思ったんだ。
パパのママになることはいつの間にかどうでもよくなっていた。どうでもよくなったんじゃなくて、零への想いがどんどん大きく膨らんで行き過ぎてしまってパパが見えなくなってしまっていたんだ。
零に会いたいから聖に会いに行く。そして聖は僕を浄化してくれた。
パパと抱き合うことはなくなっていった。
零はパパと同じくらい沢山射精したのかな…だから聖はこんなに綺麗なのかな?僕のはいつも薄いし少ないし、なんだかしょぼいな。
どうしたら大人になれるだろう…どうしたら零は僕を見てくれるだろう。
毎日そんなことの繰り返し。
「陸。好きな人が出来たのか?」
パパが突然僕に聞いた。
黙って頷いた。
「美人か?」
首を傾げた。だって零は美人とは程遠い。かっこいいかって聞かれたら即答だけどね。
「優しい?」
「うん。」
聖が生まれてから零は家に帰ってこなくなってしまった。
会いたい。会って声が聞きたい。
毎年くれたクリスマスプレゼントはいつのまにか郵送されてくるようになっていた。
会えない時間が更に恋しさを募らせた。
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「そんな時、仕事を再開していた涼さんから零のバンドの話を聞かされたんだ。」
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「ちょっと待ってね。」
ギター教室で個人レッスンをしてもらっていた時、家の電話が鳴った。
「ギタリスト?いや、心当たりね…うん、わかった。」
涼さんが電話を切った。相手が零だって直ぐに分かった。
「零ちゃん、どうしたの?」
「よく零だって分かったね。うん、零がやってるバンドのギタリストが突然辞めちゃって困っているんだって。」
僕が行く…そう言いたいのに、声が出ないんだ。
このチャンスを逃したら零は本当に僕のことなんて忘れて誰か知らない人と恋に落ちるかもしれない。
「ぼく…だめ?」
「ん?」
「僕じゃ、まだ駄目かな?」
「え?陸くん?いや、テクニックだけだったら陸くんは最適任者なんだけど…裕二さんが絶対にうんと言わない。」
「大丈夫、パパには僕から…」
「違うんだ、零たち、プロになる気なんだ。」
涼さんはちょっと嬉しそうだった。
「陸くんはまだ中学生だから、無理だろう?」
次の言葉が出ない。
「来年、CDを出すんだ、うちのレコード会社から。」
「僕も、ギターで食べて行きたいと思っていたんです。」
やっと、言えた。
「本当に?だったら零に話をしてあげようか。」
「あの…僕から言い出したっていうのは零には内緒にして欲しいんです。」
「分かった」
涼さんはとっても優しい。パパとは違う優しさを持った人だ。
僕はパパが好きだけど涼さんも好き。涼さんには嫌いになる要素がないんだ。
いつだって僕のことを受け入れてくれる。きっと涼さんは僕の顔なんて見たくなかったと思う。だけどちゃんと向き合ってくれた。
なのに、聖にだけは冷たいんだ。
ギターのレッスンが終わって、聖と遊んでも良いかってたずねると一瞬、沈んだ表情をする。
後になって知ったんだけど、涼さんはママがパパじゃなくて零を選んだことにすごく自己嫌悪を抱いているらしいんだ。
一生、零には頭が上がらないって言っていた。
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「僕の告白はここまで。零と結ばれる前にパパとエッチしました。ACTIVEに入るのに涼さんのコネを使いました。」
零が俯いたまま、声を発した。
「いつ、僕と愛し合いたいって思った?」
「え?」
「だから…男同士でセックスできるっていう…」
あぁ、そのことね。
「学校でね、女の子が小説を貸してくれたんだ。『この小説に出てくる男の子、野原くんに似ているんだよ』って。無口で痩せてて女の子みたいな顔をしている男の子が幼馴染に恋をする話。」
「あの、ボーイズ・ラブ?」
「そうみたい」
ほっと息を吐いた。
「てっきり、僕が見られたのかと…」
零…。
「流石に、それは辛いかな。」
「うん…僕も辛い。」
暫く沈黙が続いた。
クスクス…
静寂を破ったのは聖だった。
「陸のそのお話ね、ずーっと前に陸パパが教えてくれたんだ。」
え?
困惑している僕にやはり困惑顔の零。
「僕たちが一緒に暮らし始めた頃、裕二さんが来ただろ?あのあと陸がいないときに来て教えてくれた。『男が一人でこそこそ性欲の処理なんかするな、したかったら恋人を作ってしてもらえ!相手がいないなら…俺がしてやる…と言って陸の恥ずかしがる顔を見て楽しんでいた。だから謝る、零くんが陸を一生のパートナーとするなら、俺はあの子を汚したのだから。』ってさ。陸には辛い思い出を作ってしまったと言っていた。」
もう、パパはいつだって僕に甘いんだから。だけどこのことは自分で言わなきゃいけないとずっと気に掛けてはいたんだけれど、パパを悪役にしてしまうようでどういう風に伝えたら良いか分からなかったんだ。 「つまり、陸はえっちな子供だったってことだ。」
あ!
「ちょっと待って!僕の少年時代の武勇伝聞いてよ。」 「残念だけどね、時間だ。今日は陸が運転してくれるんだろ?」
こくん
そうなんだ。最近零がパパからもらった車なら助手席に乗ってくれるんだ。
「え〜!何時に帰る?」
聖にそんな風に甘えられると僕は浮き浮きしてしまう。 「遅くても八時には帰りたい。」 「じゃあ続きは夜ね」
瞳がきらきらと期待の色をしている。
「じゃあ今夜は陸の好きな舞茸の炊き込みご飯とあさりの味噌汁にポークジンジャーで待ってるね?」
あ、その顔はあやちゃんを連れて来る気なんだな。勿論シェフ兼任で。
最近聞いたんだけど彼女は栄養士になってホテルで働くのが夢なんだそうだ。 「なあに?」
少し首を傾けて口端を上げただけでなんとも妖しい雰囲気をかもし出すんだから末は恐ろしい…。 「じゃあ行ってくるね」 「うん。」
斉木くんが剛志くんと付き合い始めてから、聖はあやちゃんとママに頼るようにしているみたいだ。
聖が、誰とでも仲良くできる子になれるといいな。 「もうすぐ新学期だから必要なものがあったらちゃんと言うんだぞ。」
「手作りの上履き入れ!今学校で流行っているんだ。」
零は言い出したものの裁縫だけは苦手なので困っている。
「あやちゃんと一緒に作るの。みんなはママに作ってもらうんだけど…」
「あきらちゃんは裁縫が出来ない。」
えっ、そうなんだ。変なところが似たんだね、零。
「そうなんだよ〜。頼んだら即断られたんだ。そうしたらあやちゃんが買い物バックを作るから一緒にってなったの。陸の武勇伝、きっと喜ぶよね。」
「ああ」
零がニヤリと微笑む。
なんか…二人にはめられた?
ま、いいか。
「じゃあ、頑張って仕事してくるから、おいしい晩御飯、期待しているね。」
僕は、自分としては重い告白をしたつもりだったけれどそれを払拭してくれた零と聖に感謝しながら、玄関へ向かった。
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