武勇伝

「こんばんわ」
 夕方、仕事を終えて自宅マンションの玄関を開けると、中から聞こえたのは女の子の声。
 聖のガールフレンドで僕らACTIVEのファンでもある彩未ちゃんが、聖に上手く言い包められて夕食の支度をさせられて待っていた。
「陸さんの武勇伝を聞かせてもらえるなんてラッキーですっ」
 今時の高校生、あやちゃんは意外にも僕らに難解な言葉遣いはしない。
「ねぇねぇ、早くご飯食べようよぅ〜」
 聖が張り切って既に椅子に座って待っていた。


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 小学生の時の話からしようかな。
 小学校に入学した日、クラスどころか学年で女子も合わせて一番背が低いことが判明したんだ。
 別に身体測定があったわけではないけど並ばされて見比べれば分かることだからね。
 それでかなり落ち込んだ。
 パパは背が高いのに、もしかして僕はやっぱりパパの子じゃないのかなって不安になったんだ。
 だからおやつは必ず牛乳と小魚が入っているクッキーとか煎餅、煮干しだったこともある。
 だけど背が低くて得なこともあった。
 じいちゃんと電車に乗ったとき、切符を買いに走ったら駅員さんにじいちゃんの分だけ渡された。未就学児と間違えられたんだよ。三年まで平気だった。
 それと黙っていれば女の子に間違えられることが多かった。
 ある日、白依さんのおじいちゃん…って覚えてる?そう、三軒隣にいた…娘さんの子供…孫が遊びに来てて僕コクられたことがあるよ。家に帰ってからも時々会いに来ていいかって。
 友達があんまりいなかったから喜んで承諾したけど、二人になったらキスしようとするから突き飛ばした。
「お転婆は嫌われるぞ」
って言うから
「男はお転婆とは言わない」
って返したら今のはなかったことにしろってさ。笑っちゃうよね。
 ん?あぁ、そうだったね。僕の武勇伝だよね。
 もしかしたら零は覚えているかも知れない、新聞にも載ったから。
 うちのばあちゃんは街で見掛けるばあちゃんより明らかに元気だし若く見えるけど足が弱いんだ。昔転んでちゃんと治療しなかったから後遺症だね。
 僕が家にいるときは荷物持ちは当然やっていた。
 ある日学校帰りに横断歩道で大きな荷物を持った見た目でばあちゃんより年上の人がいたんだ。
 だから「荷物持ちますよ」って言ったら喜んでくれたから家まで送ってあげたんだ。
 そうしたらさ、そこの家の娘さんがパパのファンで、何度か家の周りをうろうろしたことがあって僕の顔を覚えていたんだ。
 パパとはどういう関係なんだって色々聞かれたよ、面倒くさいから弟って言ったらもう大騒ぎ。
 だからその後そのおばあちゃんと会っても家までは送らないことにしたよ。
 おばあちゃんとは仲良しだったけど娘さんがお嫁に行っておばあちゃんは老人ホームに行っちゃった。
 だからそれっきりだったんだけど、その娘さんが新聞社に投稿したらしいんだ。
 パパのことは伏せてくれていたけど僕にとっては当然のことだったんでなんだか嬉しいというより迷惑だったかな。


 え?もっとかっこいい話?
 言っておくけど喧嘩とかはないよ、いじめられることはよくあったけどね。
 だけどさ、いつも夾ちゃんが助けてくれたんだ。
 僕たちのクラスでは夾ちゃんって高嶺の花みたいな存在だったんだよね。
 え?零?零は三歳も上だから雲上人だよ。
 あとは…月曜日の朝、いきなり全校朝礼で校長先生に呼ばれたと思ったら知らない間に授業で描いた絵が何かの賞をもらってたんだ。
 二回くらいあったなぁ。
 先生に聞いたら授業で描いた絵が良かったから出品したって言うんだけど、結局どの絵だったのか、今でも分からないんだ。
 二年連続、商店街の年末福引で特賞を当てたこともあるよ。お米20キロ。ばあちゃんが一番喜んでいた。
 それから…。


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「陸の武勇伝って言ったらすごいのがあるじゃないか」
どきっ
 いままでテーブルに頬杖ついて黙って話を聞いていた零がシビレを切らしたかのように乗り出してきた。
「すごいのって?」
 聖も興味津々で目を輝かせている。
「小学校三年だったかな?僕もまだ小学校行ってたから、」
「わかったから!何でも言うこと聞きます!」
「やだぁ〜僕は聞きたい」
「私も聞きたい!」
「僕も話したい」
 あ〜、その不敵な笑み…駄目だ、一歩も引く気がない…。
「運動会にあきらちゃんが物凄く沢山の弁当を持ってきたんだ。陸のおばあちゃんもその頃にはかなり懐柔されて近所付き合い程度には話をしてたしな。まあ初めから僕等子供には優しかったから『陸も一緒に』って誘ったら不承不精隣に座ってくれたんだ。」
 二人は瞳をきらきらさせて聞き入っている。
「おばあちゃんの弁当とあきらちゃんの弁当キレイに食べちゃったんだ。大人でも多かったな、あれは。」
「ばあちゃんのイナリずし三個と皮付きのポテトフライは十本くらい、ママのサンドイッチとおにぎりを三個ずつ、唐揚げ五個、ウィンナーにポテトサラダ、あとは果物がいくつかあった…嬉しかったんだ、それまでママをママと呼ぶことも出来ずにいじめに耐えてきた。だけど例え外では隣のおばさんでも僕にはママだったから…パパがたまたま来られなかったしね。」
 僕の回答に二人は驚いていた。
「近くにいた子供達も驚いていた、普段給食を満足に食べたことが無かったし…」
 零はここで言いよどんだから代わりに僕が話した。
「ばあちゃんが大声で『あきらちゃん、普段からこんなにまずいもの作っているの?』と言ったからなんだ。」
 零が隣で頷く。
「当時は物凄かった。陸は運動会が終わると同時にトイレで吐いてた。」
 零の意地悪…。
「武勇伝ってこういうこと?」
 すかさず聖が、
「うん!『人より優れたかっこいい』ことだよ。」
 そうか?全然カッコ良くないけど…。
「他には地元の草野球チームに人数合わせで行ってグローブでバッターボックスに立ったとかスーパーでショッピングカートに曳かれたりデパートで迷子になっていないのに迷子センターに連れて行かれたり…」
 僕が零に話したことがないことまで知っていた。 
ニヤッ…
 零が笑った。
「さっき陸が言ったじゃないか、『夾が助けてくれた』って。」
……
……
 は!
「零が、頼んだの?」
 一回、ゆっくりと瞬きをした。
「頼んだんじゃない、やらせた。」
 あ〜、僕の綺麗な思い出が根刮ぎ引き抜かれて行く…。
「陸は狙われやすいから守ってやって欲しいと言った。」
 なんか…なんか…。
「それって夾くんの武勇伝だね〜」
ガーン
 聖に言われた…。
 でもそうなんだよね、夾ちゃん頭もいいし、背も高くてかっこ良かったし、昔からクールで喧嘩も強くてでもスポーツも出来ちゃう、本当に非の打ち所がない…というのは夾ちゃんみたいな人のことを言うんだと思う。やさしすぎるところが欠点かな。
「ん〜聖くんも私も、陸さんのスポーツに関しては全く期待してません。」
ガーン
 ダブルできた。
「ん?スポーツ?」
「武勇ってスポーツですよね?」
 零の顔を見るとにっこり微笑み、
「それは正解だけど、まあ人に自慢できることも含まれるみたいだよ。」
というなんともショックな答え。
「え〜っ、面白い話じゃないの?」
「聖、それは最近人気のあるお笑い芸人だろ?」
 ト、トリプルショック。
「聖は、僕の面白い話が聞きたかったんだ…」
 すると間髪入れず零が答える。
「そういう話なら僕に聞けばいいのに。」
 い〜や〜だ〜ぁ〜


 その晩、零が強引に夾ちゃんまで招集して僕のカッコ悪い話ばかりしていた。
「陸ちゃんは天然なんだよね。真正面しか見えないしさ。横から突っ込んでくる自転車なんて何台も曳かれそうになったよ。」
 そ、そのものずばりの真正面…。
「つまり…」
 わかったから、もう言わないでぇ。思わず僕は耳を塞ごうとした。
「皆、陸が好きだってことなんだねぇ…」
 え?
「そうなの?」
「そうだよなぁ〜、零くんに頼まれただけじゃ面倒くさいしそんなこと、絶対にやらないな。あの頃、僕は家の中で一番年下だったから陸ちゃんが自分の兄弟だったらなって思ったこともあったんだよね。」
 夾ちゃん…
「でもさ…」
 夾ちゃんは僕を突き落とすことを言った。
「陸ちゃんが二年になるまでずっと女の子だと思ってたんだよ。」
 そんなぁ〜。それじゃ白依さんの孫と一緒だよぉ…。
「そうですよね、陸さん、綺麗ですものね。」
 なんで、あやちゃんまで…。
「でもっ、僕は男だしっ、そりゃあドジだし天然だし喧嘩もできないくらい弱いけど…」
 けど…。
「何もない…」
「ん?」
 零が続きを催促するように僕に水を向けた。
「僕って自慢できるものが何にもなかった…」
 そうだよ、僕なんか何にもない。
「馬鹿だなぁ、陸は。陸のいい所は一杯知っているよ。」
 ありがとう、フォローしてくれて。
「ギター上手いし…けどこれは陸が一生懸命努力しているからだろう?一日一回、必ず一時間は弾いているし手入れしている。陸はいつだって何事に対しても全力でぶつかっていく所が、特に素敵だと思うよ。」
「うん、僕もそう思う。陸ちゃんは分からないことがあると僕に謎が解けるまで何で?どうしてって聞くんだ。だから学校帰りに二人で一緒に図書館へ行って調べ物、したよね。」
 うん、夾ちゃんと図書館に行くの大好きだった。
「陸は僕に家族をくれたんだよ。」
 聖は僕の腕の中に飛び込んできて、嬉しいことを言ってくれた。
 僕の気持ちは聖に届いていたんだ。
「私は、二人に失礼なことしたのに、それを許してもらって友達になってくれたことが嬉しいです。」
 うん、あやちゃんは僕のガールフレンドでもあるんだよね?
「陸がみんなに自慢できること、一杯あるからさ、自信を持って前を向いて歩いたらいいよ。」
 うん。
「あっちもね。」
 どっち?ん?…はっ!!
「もうっ零ったらっ」
 僕は顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたのに、みんな笑っているし、零は平気な顔しているし…なんだかつられた僕まで笑ってしまったよ。
 僕の武勇伝なんてどうだっていいや。
 素敵な家族に囲まれて、素敵な友達に巡り会えて、素敵に時間を過ごしていること、それが僕の武勇伝です。