写真

 まだ、かな。何パターン着替えれば良いのかな。えっ、ポーズを変えろって…。
 零が体調を崩してアンコールで僕がたった一言、声を発してしまったのが命取りだった。あれから結構取材と称した『撮影会』らしき物が繰り返されるようになった。
「ねぇ、陸、笑ってよ。」
 キッ、僕はあなたのこと知らないよ、呼び捨てするな…思わず睨んでしまった。
「あっ、その顔もいいなぁ。」
 まだかなぁ…。僕はマネージャーの姿を探した。

「いいじゃないか、インタビューであれこれ聞かれたりはしないんだろ?」
「うーん、聞かれないと言うか答えていないと言うか。『うん』と『いいえ』しか言わないから。」
「なんだ、そんな簡単な仕事なのか、ずるいなぁ、それ。」
「忙しいのは、やだなぁ、聖ちゃんと遊べなくなっちゃうからさ。ねぇ零から断ってよ、僕『撮影会』やだな。」
「仕事に文句は言わない事。応援してくれる人がいるから続けられるんだからさ。」
 なんかめちゃくちゃ模範回答されて思わずムッとしてしまった、分かっているからこそ悔しい。
 今日は僕だけ『撮影会』があったから仕事が入っていて他のメンバーはオフ、いいなぁ。
「そうだっ、ねぇ零、聖の『アルバム』作ろうよ。」
 僕にとっては大名案だったのにそれはあっさりと否定されてしまった。
「聖の本棚に並んでいるの、気付かなかったの?」
 知らなかった、零がそんなマメな人間だったなんて…という視線を思いっきり投げかけた。
「違うよ、」
 左手の平を軽く振りながら否定する。
「涼ちゃんだよ、『あきらが正気に戻った時みせてやる。』って言って頑張っていたんだ、こっちに来てからは全然引き継いでやっていなかったから、涼ちゃん喜ぶよ。」
 にっこり、零が微笑む。よーしっ、カメラを買ってきて、それから…遊びに行かなきゃ、こういうのは『雰囲気』から入らないとね。

「片平さんっ、僕聞いてない。」
 今日の『撮影会』はメンバー全員だよって言うから来たのに、「陸君だけ残ってくれる?」って、なんだよ。
 僕はマネージャーに抗議をした。そうしたら
「私も今聞いた所です。」
なんてしれっとして言う、そんなんで僕のマネージャーやってるって言えるわけ?
 今まで僕専属のマネージャーなんていなかったんだ、バンドマネージャーの林さんが全部仕切ってくれたからそれで良かったんだけど『会社の方針』ってやつで個人の仕事が異常に増えた。…やだやだ…。
 まぁ、いいか。聖の可愛い写真の撮り方でも聞いてみよう。前向き前向き。
「で、何に着替えるの?」
 スタジオの試着室で再びマネージャーに質問。
「なんか、しょっちゅう『撮影会』やってると、僕アイドルになったのかと思っちゃうよ。」
 この時片平さんになんか笑いかけてやるんじゃなかった、腹が立つ。
「ん?」
「裸」
「誰が?」
「陸」
「どうして?僕男だよ、分かってるよね?」
「陸の裸の写真が撮りたいんだって。」
「…帰る。」
「陸、ちょっと待って。」
 待ってなんかいられない、嫌だ、絶対嫌だ。そんな恥ずかしいこと絶対嫌だっ。
 試着室のドアをわざと大きな音を立てて開ける。ふと思いついて立ち止まり、後ろを振り返る。
「あのさ、僕のこんな細い腕、見たい?」
 シャツの袖を腕の付け根までたくし上げてマネージャーの目の前に突き出す。
「嫌なんだ、自分の身体が細くって小さくって…貧弱なのが嫌なんだ。だからそんなもの、人前に晒したくない。」
 どうだ、参ったか。
「いいんだ、陸の気持ちは関係無いんだ。これは仕事だから。」
 …なに、やっぱり僕たちアイドルか?そんな言葉に騙されないぞ。
「悪いけど僕はタレントじゃ、ない。そんなつもりでこの世界に来たんじゃない。僕の父だってそんな事していないだろ?納得行く説明をしてください。」
 ええいっ、開き直りっ。
「求められているうちが、華だよ。」
 ボソッと言われて、ズキンときた。それは正しい、って分かっている。
 でも嫌だよ、そんな…こんなに沢山の人の前で私生活を曝け出す様で…僕にだって小さいけどプライドくらいあるんだ。
「野原君、いいかな、時間無いんだけど。」
 階段の下から目つきの悪いカメラマンが僕を睨む、僕は心の中では十分にひるんでいたけど睨み返した。
「…裸は、嫌だっ。」
「上だけで良いんだけど。」
「!!!」
 ただでさえ人前に出るのが苦手で零がいなきゃ何も出来ない自分で、そんなこと打破したかったのにそれが裏目に出ているような気がする。
 僕はシャツを脱いでマネージャーに投げつけた。
「今度からは事前に通告してください。心の準備が必要だから。」
 階段を降りてカメラの前まで歩いて行く。
「靴脱いでくれるかな。」
 黙ってスニーカーと靴下を脱いだ。メイクの女の子が近寄ってきて僕に耳打ちを、した。
「これ、隠しますか?」
 僕の左胸を指していう、あぁ夕べの名残のキスマークか。
「いいよ、別に隠すようなことじゃないだろ?」
 カメラマンに向かって言った。
「いいんじゃないかな、生活感があって。」
 鼻で笑われた…悔しい。
「野原君可愛いね、そのレッドジーンズ。君に似合っている。」
「ありがとう」
 ふんっ、その手になんか乗らないから。
「時間無いんでしたよね?」
 大人達に負けたくない、僕は僕だから、これ以上は1歩も譲らない。

「また、ごねてるの?」
 帰ったら早々に零に言われた。
「だって…」
 本音の所、僕は零以外の人の前で…というのが嫌だったんだ。女々しいと言われても構わない、今の僕には零以外目に入っていないんだ、それくらい…好き。
「僕は好きだけどな、陸の身体、って変な意味でなく…説得力無いけど…」
 少し顔を赤くして続けた、
「陸は確かに痩せ過ぎなんだよなぁ、肩なんか骨ばってて抱きしめると痛いし、胸も薄いし腹だってぺっちゃんこだし、腰も折れそうに細いし…背中に筋肉なんてないし、一体どうやって生きているのかと思う。でもさ、陸はまだ成長期を過ぎていないんじゃないのかな、5年もすればそれらしくなるんじゃないかな。」
「それらしくって?」
「…想像できないけどさ、その女の子みたいな顔も体つきも、少年らしくなって、青年になっていくってこと。」
「…もう17歳なのに、僕成長遅いのかな…零が17歳の時はもう大人っぽかったよね。」
「20歳過ぎてから背が伸びる人もいるし、人それぞれだよ。だからさ、記念だと思って残しておけば良い、いつかこんな自分もいたんだなって思える時が来るから…ってこれは涼ちゃんの受け売り。」
 リビングのソファに腰掛けたままの零に僕は抱きついていた。零はいつも僕が欲しいと思っている答えをくれる。
「知ってる?掲載紙って広報に届いているんだよ、僕はいつもそれ貰ってくるんだ、そしてスクラップしてる。もうすぐ陸の写真集が出来あがるよ。」
 びっくりして零の顔を見てしまった、だって聖の写真も撮らないような人がスクラップって。
「聖には内緒にしてて、僻むから。」
 プッって、声に出して笑っちゃった。ごめん、だってあまりにも零が可愛かったから。
「零は僕を甘やかし過ぎだよ、ずっと、ちっちゃな頃から。」
 そう言って返したらいきなりディープキス、長々とむさぼられた。僕の肩まで伸びた髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱してくれて、唇を重ねたまま僕に伝えた言葉は「愛してるから。」だった。
 このまま、とろとろに溶けてしまいそうだ…僕も愛してるよ。
 今だったらなんだって出来る、なんて僕は現金なんだろう、零は僕の原動力だね。
 零の胸に顔を埋めて、しばらく零の匂いに包まれていた僕だった。

 零と一緒の久しぶりのお休み、強引に聖の保育園をお休みさせて僕達は初夏の緑を胸一杯に吸い込んでいた。
「聖、そんなに走ったら転ぶって。」
 マンションという限られた空間以外の場所で3人でいるのはどれくらいぶりだろう、何回目だろう…。
 あまり人が集まらない場所で聖が楽しんでくれるような…って考えたら秩父にある『森林公園』が妥当だろう、ということになって早速やって来た。敷地が広いからめったに人に会わない。
 今日の『お弁当係』は零。彼の方が僕よりずっと料理は上手なんだけど片付けが嫌いなんだ、で結局僕が手伝う羽目に陥る。いいけどさ。
 ふふふっ、買ったんだカメラ、だから今日の僕はカメラ班、聖を…そして当然だけど零のベストショットを狙っている。
「本当に人に会わないんだなぁ、これだったら…」
「ん?」
「…キスどころかセックスしてても平気かな。」
「馬鹿。」
 夕べもしただろ、何、考えてるんだよ…してみたい気持ちは分かるけど、って…。
「ここが人で埋め尽される事ってあるのかな?」
 ほんのちょっとだけ夕べのことを思い出していたら突然話を切り返された。
「そうだねぇ…イベントでもやれば寄ってくるんじゃない?」
「イベントかぁ…」
 視界から聖が消えた、とたんにびゃーびゃー泣き出した。
「だから言っただろうが、甘えるな、男の子が転んだくらいで泣くんじゃない。」
「…そのセリフ昔どっかで聞いた、というか言ったなぁ。」
「…意地悪…」
 そうだよ、聖と同じ位の時零が僕に言ったセリフだよ、なんで覚えているんだ。なにもそんなにニヤニヤして僕の顔を見なくたって良いだろう、もう顔が熱い。
「陸、可愛いよ。」
「だから、可愛いって言われたって嬉しくないって言ってるだろ。」
 照れ隠しに聖の所まで走って行った。
「立てる?」
「うん…足痛い。」
 こんなことを予期してポケットにウエットティッシュを入れておいて正解だったな、痛いと言われた足を拭いてやったら別に怪我をしているわけではなかった。
「抱っこして。」
「もう、6歳にもなって甘えん坊なんだから。」
 そうは言うけどいつもは一人で寂しく過ごしていることが多いんだからとついつい僕が甘やかしている。
 零が遅れてやってきて僕の腕から聖を奪い取り地面に下ろす。
「自分で歩け…陸ここでLIVEやりたい、あした初に話してみる。」
 地面に座りこんで手足をばたつかせている聖に向かってニッコリ笑いかけて、言った
「陸は聖の物じゃない。」
「なに、聖に嫉妬してるの?」
 僕は聖の手をとって立たせながら聞いた。
「別にそういうわけじゃないけどさ…ねぇ、LIVEの話だけど…」
「今日は仕事の話はしないよ、聖の写真撮るんだから。」
「陸はいつも『聖が』『聖と』『聖の』・・・そればっかりだ。僕の名前なんて呼んでくれない。」
 …やだなぁ、真面目に嫉妬してるの?
「零…」
と、言った声が涙を含んでいた。とたんにポトリと涙が落ちた。
「零、零、零、零、れいっ…何回呼んだらいい?何十回、何百回呼んだらいい?ねぇ…言ったじゃないか、聖は零と僕の『愛の結晶』だって思ってるよって。…なんならさっき言った冗談ここでする?僕は構わない。」
 零が俯いた、
「ごめん、大人気なくて。」
「零、ヘンだよ。」
「…聖と同じではしゃいでいたんだ、きっと。陸とデートするの久しぶりだったから…。」
 そうか、ごめんずっと一緒にいたから気付かなかった。
「零の写真も撮るつもりでいたんだよ、僕だけの零の写真…。」
 泣き笑いの汚い顔で照れていた、やだな、かっこわるい。
「陸、僕は外見だけ大人に見えるけど、中身は全然子供のままだから…でも努力する。」
 すっかり僕らの会話の蚊帳の外にいた聖が僻んでしまって、お弁当の入ったバックを漁っていた。
「もう、今日は僕カメラマンなんだからね、邪魔しないで。」
 涙を拭ってカメラを構える、ありがとう僕のこと好きでいてくれて、ファインダー越しの零は僕だけに微笑みをくれた。

「写真出来たんだ。」
 一刻も早く見たくて帰り道で『1時間仕上げ』の看板を見つけて預けてきた。で、今貰ってきた所。
「こうして見るとやっぱり二人、似てるよね。」
 …地雷、踏んだかな?
「僕こんなヘンな顔?」
 それは地雷ではなく爆弾だ…。
「悪かったな、ヘンな顔で。でもこれが聖のルーツだよ。」
 零が聖の鼻を摘んだ。
「僕の方がいいもん、ね、陸?」
 えっ、僕にふるのかい…。
「聖は可愛いし、零は…」
 言いずらい…
「大人だし…」
 誤魔化しちゃった。
「比べられないよ。」
 手早く二人の写真を振り分けて、ん、あとでアルバムに整理しておこう。
「さて、夕ご飯のしたくしようか。」
 零を促してキッチンへ向かう。とたんに腰を抱かれた。
「零は腕も胸も肩も…逞しくって男っぽいよ…羨ましいくらい…」
 太っているんじゃない、きちんと均整のとれた身体なんだ、腕力だって脚力だって僕の倍以上はあるのではないだろうか、腹筋も背筋もちゃんとあるし、なのに細くて長い指がその逞しさを隠している。
「何も言ってないよ。」
 零の右手が僕の顎を捉えて仰向かせる、でもすぐに天井は見えなくなってしまった。
「んぅっ」
 耳の奥で心臓がハイペースで鳴り響く、あぁっ、夜まで待てない…。
「零…が、欲しい…」
「あとで…ゆっくり…」
「いやだ…待てない…」
 僕の身体は零に抱きしめられただけじゃ、満足しなくなっている。
「陸は聖より甘えん坊だ…」
 ジーンズのボタンを外しファスナーが開けられ、零の指が僕のアヌスを探った。
「いや…んっ…」
 腰を支えられて指を入れられて唇は塞がれて、喉の奥で喘いだ。自分の下半身がみだらな音を立てている。
 シンクの縁に身体を持たせかけられて唇が離れたと思ったら僕の起ち上がりつつあったペニスをその唇が捉えた。
「あは…んっ、零…あぁっ…」
 ジェットコースターで一気に急勾配を降りてきたように物凄い勢いで僕は昇りつめ…放った。
「…零…零…」
 僕は飽くことなく零の名前を呼びつづけた。
「続きは後でいいだろ?」
 抱きしめられた身体は冷静さを取り戻そうと懸命に悶えていた。

「ねぇねぇ、僕って天才?」
 涼さんの撮った写真の横に聖の写真を貼った。
「…涼ちゃんが下手なだけじゃないのかな、地面と空がすごく場所を占めてて、聖が小さくしか写ってないから。陸のはアップが多くてどこで撮ったのか分からない…。」
「おっしゃるとおりです。」
 そうだ、折角外で撮ったのにこれじゃ部屋の中でも同じだ。
「でも…零の写真は綺麗に撮れたでしょ。」
「そりゃ、被写体がいいから。」
 うん、愛が溢れてる…でもこれは声に出しては言えなかった、零がつけあがるから。
「陸、」
「ん?」
「おいでよ、早く、じらすなよ。」
 じらしてなんかいない、僕だってすぐにしたかったけどさ、零のアルバムも見たかっただけなんだ。
 でも、いいかとりあえず聖の分が終わったから。
 写真を撮る楽しみを覚えたから撮られるのも少し楽しみになってきた。
 零の写真をクッキーの空き箱に投げこんで、僕は身体を零の腕の中に投げ出した。