君の二十歳のバースディ

 8月25日、零が二十歳になる。でもその日僕達は東京にいない…。

 おかげさまでACTIVEも順調でこの夏は全国巡業…もとい全国ツアーに駆け回っています。
 夏休みと同時に東京からスタートして北海道から沖縄まで20箇所を回り東京で終わる。つまり1日置き…なんてハード。
 聖は――ここにいます、連れてきちゃった。だから零は不機嫌です。
 朝から晩まで一緒にいられると喜んでいる聖とは対照的に聖がいることで行動に規制が生じる零は欲求不満…らしい…僕もだけど。でも、僕は聖と遊んでいれば楽しいから平気なんだけど…。
 開演1時間前、音合わせをしながら零の様子を伺って…僕の横で聖が何かやっている、ってだめだよそこ触ったらっ、感電死する気かい?慌てて片平さんに聖を預ける、するととたんに表情を和らげる零、自分の息子だろ、何考えているんだよ…もう。
 僕は…相変わらず剛志くんに敵対心?を抱きつづけているようだ、上手く話せないから。隆弘くんが
「見てて可哀想なくらい肩に力が入っている」
って言うけど、気にならないわけないじゃないか、零の前の恋人を。剛志君のそのしなやかな指の動きが零を捉えていたのかと思うと、身体中の血が沸騰しそうなくらい、嫉妬してしまう。
 僕は…こんなことばっかり考えている。
 ええいっ、仕事に集中しろ、もうすぐ開演のベルが僕らを包んで、襲いかかってくるような熱気の中でひと時の夢を…見させてあげる、零と共有の時間を過ごすことで陶酔する女の子達、でもそこまでだ、そこから先は僕のもの、誰にも渡さない…。
 そして、開演を告げるアナウンスが流れ、剛志くんと隆弘くんがスタンバイ、初ちゃんと僕が…えっ、なに?

「今日は半端じゃ無かったよなぁ、陸のファン。」
 初ちゃんがからかい気味の声で振り返る。
「僕の?」
「やっぱりこの間のグラビアじゃないかな、『お姫様』が『王子様』に変わったってわけ。」
 隆弘くんの分析が始まった。
「だって、今までは大人しいただの綺麗な飾り物って感じだったけど、あの写真は違ったから。挑みかかってくるような目なんて普段の陸には有り得ない、『男の子』って感じだった。あのカメラマンどうやって口説いたんだ?」
 く・口説いたなんて、零が誤解したらどうするんだよ。ちなみに『あの写真』は先日の脱がされた、いや正式に言えば上だけなんだけど、その写真のことです。
「…怒ってただけだよ、片平さんに騙されたからね。」
 ちらっと、マネージャーの顔を見る、でも彼はいつものように平然としている。
「…陸が女の子に追っかけられるの、やだな。」
 ぽつりと、独り言のように零が言った。
「お兄ちゃんとしては複雑な心境…か?」
 今日初めての剛志くんの発言はやっぱり棘がある…と思うのは僕だけかな?
 その言葉に零は微笑んだだけだった。

「あんな所で失言でした、ごめん。」
 ホテルに入ってちょっと零の部屋に寄り道、僕達は別々の部屋だよ、当然…なんだよね。
 聖は交代に僕らの部屋を渡り歩いている、いいなぁ、僕も零と一緒の部屋にいたい。
「うん、嬉しかったけど…二人っきりの時に聞きたいな。」
 どうしてだろう、零と二人っきりの時でさえ僕は『嘘』を言っている。人の目なんて関係無い、本当はずっとしっかりとその腕に抱きとめていて欲しい…って言えない。
「あっ、聖、明後日実紅ちゃんが会場に来るからそうしたら一緒に帰って欲しいんだ、ごめん。」
 唇を尖らせてばたばたと駄々をこねているけど、これだけは絶対譲れない、だって…零の誕生日は僕が祝ってあげたい、一生に一度の20歳の誕生日…。
「陸、いいよ、1日待てば東京に帰れるから。みんなで…」
「それはそれ、僕は…」
 零の瞳を覗きこむ。
「いいだろ、僕達が、その…こういう関係になって初めての零の誕生日だから…」
 語尾を濁してしまった。
「陸にはいつも祝ってもらっていたのに。」
「えっ?」
「陸は覚えていないだろうなぁ…僕が自分の意思で初めて陸に会いに行ったのは僕の7歳の誕生日だった。」
 零が7歳だったら僕は4歳だね…ちょっと覚えていない…ごめん…って顔をしていたら
「覚えてなくて良いよ、あの日の陸の顔は僕の心の中にだけ仕舞っておくんだ。」
 そう言って零は自分の胸のあたりをツンツンと突ついて
「ここには僕だけの陸のアルバムが何10冊も有る。」
 零が聖を抱き上げる。
「陸は聖より…可愛かった…」
 珍しく聖がその言葉に反論しなかった、だから零は拍子抜けして聖の身体ごとベットの毛布の中に押しこんで、中でバタバタしている隙に…僕にキスをくれた…なんか照れくさくって思わず立ちあがって、「おやすみ」って言って部屋を後にしてしまった。

『何か、気に障ることした?』
 部屋に戻るとすぐに零からのテレホン・コール。
「ううん、眠くなっちゃったから。」
『そっか、そうだよな、今日は疲れただろ?…陸の代用品があるからこれで我慢して今日は僕も寝ようかな。――あのさ、さっき…言いそびれたんだけど…その…陸は…』
「愛してるよ、零。」
 僕は呪文のようにこの言葉を繰り返す。
『違うんだ、陸は僕が守ってあげるから、心配しなくて良い。そう言いたかったんだけど…また断られそうだったから言い淀んじゃったんだ…ねぇ、守らせてよ、僕は一番大事なものを守ることも出来ないそんな不甲斐ない男なのかな。陸と聖だけは何があっても僕が守るって思っているから、それだけは覚えていて。じゃっ。』
「ま・待って、零…僕嬉しいよ、ありがとう…僕だって強がっているけど本当は怖いんだ。だから、いつも零の後ろにいても良いでしょ
何かあったら…守ってね。」
『後ろにいたら見えない、せめて横にいて。』
 零はいつも僕を見ていてくれるんだね…僕の胸は幸福感で一杯になった。

「そうだったっけ?すっかり忘れてた。」
 …なんて薄情な…実紅ちゃんは喜んで名古屋まで飛んできたと思ったらしらっとしてそんな事を言う。
 今日だよっ、零の誕生日はっ。
「パパも何も言って無かったよ。」
「…零の家族って薄情の塊のようだね。うちのパパなんて大騒ぎで帰ってきてやれプレゼントだパーティーだって大変だったよ…去年まで。」
 おっと危ない、今年は丁重にお断りしたことを誰にも言ってなかったんだった。
「仕方ないなぁ、東京に帰ってきたらお祝いしてあげるよ。」
「結構です。」
 この二人はいまいち仲良くない、何故だ?
「ごめんね、実紅ちゃん、聖をお願いします。」
 僕はペコリと頭を下げた。
「…あのさ、聖は私の弟だもの、陸が気にすること無いんだよ。」
 くしゅっと僕の頭を撫でる…ちょっとした違和感を持ってしまった。実紅ちゃんと聖が客席に消えた後、零が口を開いた。
「実紅も夾も知らないよ…陸が弟だってこと。」
 一瞬息が止まった、なんで?知らない?だって…
「多分聖のことも気付いていないと、思うけど。」

 誰にも内緒で手配してもらってあるホテルをキャンセルして別のホテルに居る…多分他の3人は知っているだろうけど、電話くれれば繋がるはずだし、第一二人っきりで居たかったから。
 部屋に着いてすぐに僕達はお互いの身体を抱きしめ合った、零の胸に顔を埋めて大きく彼の匂いを吸いこみながら背骨が折れそうなくらいきつく抱きしめられた。
 時間が経つという事実を忘れるくらいそうしていた、でも零の腕が痺れてきたらしい、徐々に力が失われていったから。
 導かれるようにベットに移動した。ちょっと待って、今日は僕のプロデュースだってばっ。
「零…あんっ…」
 僕がお祝いしてあげるって言ったのに…まだ身に纏っている物を一つも外していない、のに…零の唇が僕の左耳の丁度下にむしゃぶりついてきて、僕は必死で零の首にしがみ付いていた。
「なにもいらない、陸が欲しい。」
「あっ…はぁっ…」
 もう頭の中で考えていたことが全てだめになってしまった。だってもうセックスしかしたくない…。
 夏でも僕は長袖のティーシャツを着ている、その裾から零の長くて細い指が侵入してきた。背中を伝って腕の付け根まで辿りつき、僕の両腕を上げるように命じ、するりと着衣を脱がせる。零は脱がせるのが得意だ、
いつも気がつくと僕は裸にされている。
「三十五日ぶりだ、陸に触れるのは…」
「うん、長かったね」
 そっと撫でるように僕の背中を上下する指が切なさを語っている。
「零ちゃん…好きっ」
「久しぶりだね、陸がそんな風に呼んでくれるのは。」
 マンションの僕達の部屋では虚勢を張った僕が居る…聖がいるからね。でも今だけ、ただの『恋人』としての僕で居て良いでしょ?…愛してる、愛してるよ、零ちゃん。
時々信じられなくなる、零が僕の気持ちに応えてくれたなんてこと。零が見ていたのはいつも僕じゃないってそう思っていたから、涙が零れ落ちてくる…。
「遠い目をして…やだな、僕だけ見て。」
 片手で背中を抱きしめたまま片手を僕の頬に当てて涙を拭ってくれる、そしてゆっくりと唇が合わされる。
 最初はただ合わせているだけだった、じっと確かめるように…しばらくしてあたたかい意思を持った生き物が僕の唇を抉じ開けに来た。横たわるだけの舌をとらえて絡み付く。堪えきれなくなった僕を押さえつける零。
『主導権は僕が握っている』と言わんばかりの力で僕を押さえつける、それが心地良い。
「んっ…うっんっ…」
 お互い息遣いが激しくなる、僕の口端から流れ出た唾液を零は舌で掬い取る。
 頭の芯が痺れてきた、だめっ、まだ…なんにも…
「あっ…あぁ…んっ」
 サイテーだ…恥ずかしくって…死にそう…
「…陸…?もしかして、イッた?」
 絶対絶対僕の顔は真っ赤になっていたはずだ、だってとっても耳が熱かったから、そして黙って首を横に振った。
 そうしたら零ったら、…シュルルッ、と音をたててジーンズにへばりついていたベルトを抜かれ、ボタンを全部外されて直に手を突っ込まれた…。
「嘘吐き」
 そうだよ、嘘吐きだよ僕は。キスだけでイッちゃったんだよ…かっこ悪い…。
「つまんないな…そんな簡単にイカれたらやりがいがない。」
 やりがいって…僕は非難の視線を送った。と同時にベットに押し倒された。
「泣かせて、泣かせて…欲しがるまで泣かせてやろうと思ったのに…」
 クイッと腰を抱え上げられてスルリッとジーンズを下着ごと剥ぎ取られた。
「気になっていたんだけど、やっぱり又痩せた?」
 …痩せた…折角50台に乗ったのに…
「死んだら許さないぞ」
 真面目な目で言われた。
「…どうせ、身長だって小さいし腕も足も細いし肩も胸も骨が浮いてるし…ごめん、全然魅力無い身体で。」
「本当だよ、いつも太れって言ってるだろ。じゃなきゃ…途中で息が止まっているんじゃないかって心配で、抱けない。僕はもっともっと陸を抱きたい、陸を感じたい。」
 …って、言っている割には僕の胸をその指で弄っているじゃないか、あんっ…感じちゃうっ。
 仰け反った背を伝って後ろの、その…零を受け入れるところを…指で犯された。
「はうっ」
 そ・そんな、だめだって、いや、だめじゃない、イイッ…いいけど…くねくねと犯されてガクガクと腰を振る…僕は、変態かな…でも、気持ちイイ…
 クチュクチュと湿った音がし始めた…恥ずかしいっ。
 固く瞑っていた目を細く開けて零の顔を覗き見た。目が合った。――欲しい――目で訴えた。
「陸…今日は僕の誕生日…」
 開きかけた脚と持ち上げかけた腰の動きを止めた。そうだ、誕生…
「あっ…」
 ほんの少し頭を働かせている隙をついて上体を起こされ、抱き上げられ膝の上に抱え上げられて…貫かれた。
「いっ…」
 痛い…っ、けど、全て受け入れたい。
「痛かったか?」
 返事が出来なくて首を左右に振った。痛みは耐えられる、でも快感は耐えられない。零の肩に縋りついて腰を振りつづける僕と、僕の背中を支えながらズンズンとテンポ良く突き上げる零と…。
 悦楽にひたりきっていた、『三十五日ぶりのセックス』に溺れていた、肉欲が全てじゃないけどでも、この気持ちを零に伝えるには一番手っ取り早い方法を選んでしまう。
 言葉より態度よりなによりも身体が一番正直で饒舌。素直に全てをさらけ出せる。
「零っ…」
 あぁっ、この奥の方からくる悦びと快感と昂ぶりは零だから感じるんだよ…他は知らないけどさ。
 大好きだよ、ずっと側に居てね離さないでね不安にさせないでね独りぼっちにしないで…聖はそのための『人質』なんだから…って零には内緒。

「…僕がしてあげるつもりだったんだ。その、いつも僕がしてもらっているから、たまには、ね、その…」
「陸が僕を抱いてくれるの?」
「うん…でも今日はもうくたびれちゃったよ。零ったら何回僕をイカせれば気がすむの?」
「ん、闖入者がいないと思うとさ張りきっちゃったよ、『三十五日』の禁欲もあったし…」
「零…あのね、僕はずっと好きだからね。零以外の人に恋したこと無いから、だからこれからも夢中でいていいでしょ?零の全てが好きで全てが憧れで全てが尊敬の対象なんだ。」
「僕なんかに憧れないで、もっとちゃんとした人間が一杯いるだろ?そういう人に出会わなきゃいけないよ。」
 零…僕は上手く説明できなくていつももどかしいんだ、ごめん。
「違うよ、零以上なんて僕には考えられない、そりゃ学校の成績とか社会的地位とか器の大きさとか零よりずっと優れた人は沢山居るけど、そんな人に僕の心は動かされたりなんかしないってこと。」
 零の腕が僕を抱きしめに来た、そしてその腕に身を任せて僕は眠りについていた。
 帰ったら今度こそ僕の『プレゼント』を受け取ってね。

 翌朝、皆の泊まっているホテルのロビーに早目に到着した…のが失敗だった。
 どこで聞きつけてくるのだろう、数十人の女の子達がたむろっていたのがまさか『僕達』の追っかけだなんて気付くわけなくて、のほほんと皆がやってくるのを待っていて…零がいなかったのはそういう訳か…捕まった。
 嬌声が響く中、おろおろするばかりの僕を誰よりも早くロビーに降りてきた剛志くんが見つけてくれた。
「うるさいっ、ここは公共の場所だ、静かにしろっ。」
 と一喝…で静まるような子達じゃなかったが。でもそれで僕も正気に戻った。
「人に迷惑を掛ける人は、嫌い。」
 彼女達に背を向けた。ええいっ、数十人のファンを失ってしまった…ごめんね初ちゃん。
「剛志くん、ありがと。」
 シャツの裾を握り締めて輪の中から脱出を図った。その時女の子の一人がおずおずと前に出てきた。
「陸…ごめんなさい、私帰るから嫌わないで…」
 振りかえると皆目に涙を一杯ためて僕を凝視した。…びびったけど…可愛いと思った。
「応援してくれるのは嬉しいけど人に迷惑掛けないでね、そうしないと僕達もうここに来れなくなってしまうから。」
 一斉にこくこくと首を縦に振る。面白いっ。
「じゃあ、ね。」
 手を振って彼女達を…追い出した。
「凄いパワーだね、ファンの子達って…零がいなくって良かった。」
 びっくりした顔で剛志くんが振りかえった。
「ばか、あれはお前のファンだよ。」
「へっ?」
 僕の?ファン?
「ったく、本当に自覚無いの?零はあっちで捕まってる。」
 あ。黒山の人だかり・・・
「片平の部屋に行ってな、俺は零を救い出してくる。」
「待って、僕も…」
「お前が来てどうするっ、騒ぎが大きくなる。」
「剛志くんだって同じでしょ。」
「大丈夫だよ。」
 ニッコリ剛志くんが笑ってくれた。僕が零を守れないのは辛いけど…仕方ないのかな。
 強くなりたい、精神的にも肉体的にも。零を聖を守れる男になりたい。剛志くんだって決して体育会系じゃ、ない。見た目はそう『鶴』のような人だ、瞳はいつも穏やかな色をたたえていて、背筋をピンと伸ばして立っている
姿は自信に満ち溢れている。容姿だって『美少年系』っていうのかなぁ、切れ長な眼に太目に弧を描いた眉、薄い唇に小さな鼻、丸顔だからってセンターで分けた長い前髪を掻き上げるのが癖で。背は零より高い、多分180cmはあると思う。彼はもともとピアニストからの転身だから指を大切にしている、無理はしていないはずだ、でも僕の倍は太い二の腕を持っている。力強い、腕。あの腕に何度嫉妬していることか…。
 だけど、どこで零と逸れたのだろう…。
「零っ」
 僕は彼らが囲まれている反対側のドアから声を掛けた。一瞬少女達が僕を、見る。
「剛志くんも、早くしないと次の会場に間に合わなくなっちゃうよ。」
 おいでおいでと手招きをする。
「皆だって分かってるよね、僕達が困っちゃうってこと…仕事無くなっちゃうかもしれなくて…」
 そろそろ、マネージャーが降りてくるはず、大体うちのマネージャーは職務怠慢だぞっ。
「じゃあねぇっ」
 さっきの要領で彼女達を追い出して、おしまい。
「…の零にまとわりつくなんて、許せないっ。」
 僕はすっかり『僕らの関係は隠しておく』という決まりを、忘れてて…手を繋いでというか零の手を引いてロビーの方に歩き出した。
「…陸…」
 はっとして、手を離したけど…僕の顔は動揺していたに違いない。
「なんか、強くなったな…前みたいに後ろに隠れなくなったんだ。」
 くしゃくしゃって僕の頭を撫でて零は僕の横を通り過ぎて行った。
「明日の横浜でのライブに…恋人を招待したんだけど…会う?」
 背後で剛志くんが言った。
 もうっ、僕の心臓がもたないよ…皆で意地悪する気?
「女の子?」
「どっちだと、思う?」
 まだ、零が好きなら女の子かな…?
「本気じゃなかったんだけど…零の事。」
「そうなんだ…」
 ありがとうね、剛志くん。
「だから、そんなに怯えなくて良い。あぁ、でもあいつに実物の陸を会わせたら俺は又振られるかもなぁ。」
「なんで?」
「陸のファンなんだ、あいつ。」
 首を少し傾げてニコッと笑ってくれた剛志くん。
「ごめんね、いつも僕ばっかり…」
「…馬鹿野郎…」

「ねぇっ零、あれどうした?」
「あれ?」
「うん…」
 子供の頃、零にあげた『あれ』
「…持ってるよ、ちゃんと。」
 ポケットに手を突っ込んでごそごそっと…僕の前に突き出した手の中に「ころん」って出てきたものは、そう、僕が零にあげた『ビーだま』だった。
「本当に持ってたんだ。」
「うん、綺麗だったから。」
 そうなんだ、普通のビーだまより一回り大きくて飴玉みたいで…ラメが入っていて、キラキラしてて…紫に輝くんだ。それが嬉しくって…零にあげたんだ。
「ちゃんと、覚えてたんじゃないか。」
「なにが?」
「この間の話、7歳の誕生日に…」
「そうだったんだ、知らなかった。」
「僕の宝物だから。」
「僕も宝物…ほしいなぁ。」
 本当は何にも、いらない。
「家に帰ったら、あげるよ。」
 新幹線の中窓際に座っている零は外を見たままポツリと言った。あと十五分くらいで東京に着く。横浜までは家から行けるからね、やっとホテル住まいから開放だ。
「いつも、持ってるの?」
「うん。」
 十三年間、零の手に握られつづけたビーだまにちょっと嫉妬した。
「側に居てくれる気がして、安心していられるんだ。」
 …零、それは帰ってから。
「何回もさぁ、洗濯機の中でカラカラいっててよくあきらちゃんに叱られたなぁ…」
 …僕、ビーだまじゃなくて…良かった。
 通路側に座っているマネージャーが僕の表情を見てて不思議そうな顔をした。

「おかえりぃっ、寂しかったよぉ。」
 聖が玄関に飛び出してきた。
「パパが来てるんだよ。」
 え…涼さんっ!僕達は急いで荷物を部屋に放りこんでリビングに駆け込んだ。
 零が先に扉を開けて・・・
パンッパンッ――
て、クラッカーが立て続けに鳴り響いた。
「1日遅れたけど、おめでとう。」
 実紅ちゃんが連れてきたのかな、それにしちゃあ、豪勢な…。
「パパったらね、ちゃんと覚えて居たんだよ、今日の料理だって全部レストランに頼んであったんだよ、良かったね。」
「涼…ちゃん。」
 涼さんが照れくさそうに笑った。
「自分の子供の誕生日くらいちゃんと覚えてるさ。」
 ふわっと、涼さんの手が零の肩を抱いた。
 僕は1歩、そしてもう1歩後ずさった、僕の居場所じゃない気がして、この部屋から出ようとしていた。
 そんな僕の腕を掴まえたのは聖だった。
「陸?」
 唇に手を当てて「しぃっ」って小さく言って頭をポンポンって叩いて…後ろ手で扉を開けた。
 僕は涼さんにとって会いたくない人間の一人のはずだから。ママをママと呼ぶことを一番嫌っているはずの人だから。そして、僕はこの家族の一員ではないから…。
「涼ちゃん、陸のことちゃんと考えてくれた?」
 部屋を出かかった僕を涼さんの瞳が捕らえた。
「考えるも何も…零にとって必要な人なんだろ?だったらもう大人になった零に言うことなんか何も無い。うちは良いけど…裕二さんは泣いただろ?陸君は一人息子だもんなぁ。」
 空いている手で僕の手を握ってくれた。
「涼ちゃんにとって僕はもう必要無いってことだね。よーく分かったよ。」
 普段は決して見せない子供の顔をして零が拗ねるような仕草で僕の手を握っている涼さんの手を振り払った。
「僕もあきらの両親を泣かせたからなぁ…こっちの両親だって怒ってたし…元凶が零だからさやっぱり親を困らせるんだな。まぁ、もともと零に期待なんかしてない・・・可愛いだけだったから。」
 零が…真っ赤な顔して照れていた。…今言わないと言いそびれてしまうと思ってえいっと勇気を出して…。
「涼…さん、僕に零と聖を…下さい。」
 涼さんと零と実紅ちゃんが思いっきり吹き出した。で、笑いの渦が巻き起こった。
「あげるよ、好きにしていいよ。」
 ひぃひぃ言いながらやっとのことで涼さんが言ってくれた。僕はその言葉が欲しかったのかもしれない。
でもなにが可笑しかったのかな。
「陸っ、あのおっきいケーキ、切ってぇ。」
 足元でニコニコしながら甘えてくる。
「まだ、おめでとうしてないじゃないか、聖のときもやっただろ?ちゃんと歌を歌ってあげないと、ね。」
「うんっ」
 何故だろう、視界がぼやけてきて零の顔が良く見えなくて…。
「裕二さんは陸君を一杯愛したんだね。」
 今度ははっきりと視界が塞がれた。涼さんが僕のことを力いっぱい抱きしめていた。
「零と聖をよろしく。」
 喉の奥を何かが塞いでいて声にならなかった、だから頭を上下に動かすことで気持ちを伝える事にしたけど
もうどうでも良かった。僕の気持ちは肯定されたんだって、嬉しくて嬉しくて。
「パパお腹空いた…」
 半べそ気味の聖が呟いた。

夜、皆が帰っていつもの静かな時間が戻ってきて…僕達はお互いに風呂から出てきて部屋に戻った。
「『ください』って僕と聖は陸のとこに嫁に行くのか?」
「そんなことで笑ったの?じゃあ、なんて言えば良かったのさ。」
「んーっ…そうだよなぁ・・・まぁ、根本が普通と違うからなぁ…」
「普通ってなにさ。」
 少しふくれ気味の僕の取り扱いに注意しながら手の中に何かを握らせた。
「前にね、あきらちゃんのところからくすねて来た。陸はあきらちゃんのもの何も持っていないだろ、だから。」
 …赤い石のついたピアス。
「陸には赤が似合うからね。」
「ママに怒られるよ。」
「いいよ、僕は可愛いだけだそうだから。」
 自分で言って何照れているんだよ。
「で、普通じゃないって…っんっ!!!」
 唇で塞がれた。
「プレゼント、くれるんだろ、今夜こそは…」
 …そうだった…でも今夜も疲れてて…明日も横浜だし…明後日まで…零が待てるかなぁ。
 結局、いつもの形に収まっちゃって、僕は零にいやだと言うまで泣かされて…ぐったりとして…でも一番安心できる場所だって、確信してて…。

「って、どうするんだよぉっ、間に合わないって。」
 ったく、どうして目覚ましを止めちゃったんだよぉっ、もう10時だって…参ったなぁ。
 聖を抱きかかえて訳もわからないまま荷物を背負って…車じゃ間に合わないから…電車…やだなぁ…。
 しかし心配は全然無用だった。あまりにもボロボロのまま飛び出してきた僕達に誰一人として気付くどころか寄りつこうともしなかった。…聖は顔も洗っていないしさ。今度からこれで外を歩けば良いのか…。
 零は嫌がる…かな。
「零くん、靴が無い…」
 裸足のまま、零に抱きかかえられている聖が、言った。