三つ巴
 高校2年の一学期初日。クラス全員で多数決をとった。
 結果、加月 夾が三票差で学級委員、都竹 隼(しゅん)は次点で副委員になった。
 どこのクラスも副委員は女子だった。だから都竹は恥ずかしくて委員会に出たくなかった。
 しかしある日、夾が都竹に言った。
「女子が副委員だと何もしてくれないんだ、やらないのが当然みたいに言うんだ。都竹くんで良かった。すごく助かる。」
 この一言で夾に好感を持った。なんて相手のことを上手く操縦する人間なんだって。
 そんな夾が尊敬している人間がいた。実の兄、零。
 最近売り出し中のACTIVEっていうバンドのボーカルだった。一緒に委員会活動をしているうちに色々話を聞いた。CDも借りた。
 気付いたら零が憧れの人になっていた。




「お疲れ様でした!」
 ここはSEcanDs、ドームツアー成功パーティー。果たして本当に成功しているかはまぁ、こっちに置いといて、(全会場満員御礼だったのだから成功といえば成功なんだと思う)皆と一緒に騒げるのはこんな日だけだからね。
 ドームツアーだからアリーナより数が少ない。札幌・東京・名古屋・大阪・福岡の5箇所だ。
 会場に珍しく夾ちゃんがいる。先日偶然知ることとなったクラスメート二人の再会をしてもらおうと企んだんだ。
「あ、都竹くん!」
 しかし夾ちゃんは普通に都竹くんを見付だし声を掛けた。
「委員長、来てたんだ」
 都竹くんは夾ちゃんを委員長って呼ぶんだ、らしいな。
「って、夾ちゃんって委員長だったの?」
「高校2年の時のクラス委員だよ。都竹くんはずっと僕のこと委員長って呼ぶんだ。恥ずかしいなぁ。」
 照れながら頭を掻く。
 零の妹弟の中で一番優しいのは夾ちゃんだと思う。
 三人の年子で一番下というのもあるけれど、零は家を飛び出しちゃったし、実紅ちゃんもお嫁に行ってしまったりで、結局加月の家に残ったのは夾ちゃんだけ。… 聖は僕たちが連れてきちゃったしね。
 でもちゃんとママのそばでママの病気を治したいって思った、優しい夾ちゃん。
 ただし。
 何故か夾ちゃんだけモテないんだ。
 実紅ちゃんはパパと一緒になったけど、高校時代は彼氏が次から次へと変わっていたらしい(隆弘くん談)。
 零もなんだかんだ言っても、色んな人声掛けられていたし(声を掛けられることがモテるというのだったら僕だって…いや、余談ですが)、それなりにモテていた。
 だけど夾ちゃんには恋人という言葉が不要なんでは?という位、恋愛関係に縁がない…と言ったのは僕じゃなく、零。
「夾、勉強の方はどうなんだ?」
 ふいに、零がそんなことを聞いてきた。
「まあまあ、かな。新学期から研修とかも始まるし、あんまりぼんやりとはしていられないんだけどさ。」
「委員長は相変わらず忙しいんだね。」
 都竹くんの目が、ちょっとだけ寂しそうに見えた。
「ねえ、都竹くん今夜家に来ない?夾ちゃんも来てよ、折角のクラスメートが再会したんだから、積もる話もあるでしょ?」
「再会って…先週も会ったよ。なぁ?」
「…うん」
 え゛っ゛!!
 思わず変な声が出るところだった。二人はそんなに親密な関係だったのだろうか?
 僕、考えたんだけどさ、都竹くんは夾ちゃんが好きだったんじゃないだろうか?零の話は共通点だったんで、就職を考えたときにパパの会社を思いついた。そして偶然にも僕らの担当になって、夾ちゃんと面差しの似た、零に擬似恋愛感情を抱いた…。が僕の描いた筋書き。
 しかし…違うような気がしてきた。
「あそこのパン屋、朝早くからやっているからいいよな。」
 ん?
「そうそう、現場入りが早くても十分間に合う。」
「僕も解剖がある日は朝早いから助かるんだよ。」
 …更に違う…?
 夾ちゃんがちょっと複雑な表情を浮かべた。
「陸ちゃん、もしかしてあらぬ想像をしていたんじゃ…ないよね?」
「いいえ、決してそんなことは…」
 …大有りです。
「僕は委員長のこと、好きだよ。」
 突然の都竹くんのカミングアウト!?
「なーに、嬉しそうな顔しているの?都竹くんが言っているのはそういう意味じゃないって、なぁ?」
「そういう…意味って…もしかして?」
 都竹くんの顔が真っ赤になった。
「そういう意味だったら好き…を否定しないといけない。」
「だろ?僕も都竹くんとは友情の好きだからさ。」
 それから二人は何だか話し込み始めてしまったので、僕はその場に居辛くなってしまったので退散することにした。
「りーくちゃん、また小姑してただろ?」
 ほんのりピンク色に染まった隆弘くんが、馬砂喜くんに介助されながらそれでもビールの缶を手放さずに飲んでいた。隆弘くんが機嫌よく飲んでいることは珍しい。
「きみは、いい加減に、自分のことを、世話しなさい。ただでさえ聖くんを抱えて大変なんだからっ。」
 ビール臭がプンプン漂う息で説教を始める。
「隆弘、いい加減にしたら?」
 心配そうに馬砂喜くんが隆弘くんの顔を覗き込む。
ガクンッ
 隆弘くんが足をすくわれ、崩れ落ちた。
「そんなに、飲んでないのになぁ…」
 そう言いながら二人で会場を後にした。
 ひとり減り二人減り…会場はいつの間にか寂しいくらいの人になっていた。
 当初の目的だった夾ちゃんと都竹くんも既にいない。
 あとは明日、クリーニング会社の人に全部お願いしてあるそうなので、僕たちもマンションに帰ることにした。


「おかえりっ、遅かったね。」
 マンションの鍵を開けると、そこには夾ちゃんがいた。
「陸ちゃんが変な気を回すからちゃんと真相を話してあげようと思ってね。」
「それって、夾ちゃんと都竹くんのこと?」
 夾ちゃんはやっぱり…と言う表情で頷いた。
「それって全然勘違いだよ。僕には悪いけど、意中の娘がいる。都竹くんはさ…」
 都竹くんから静止が入った。
「僕から話します。僕…陸さんが嫌いだったんです。だからずっと意地悪しようとして零さんのこと好きな振りしました。でも今は陸さんのこと、大好きです…って又勘違いしないでください、これは友情…違う、愛情…違うな…兎に角、恋愛感情じゃない、好きです。」
 僕は都竹くんの告白を聞いて、頬が熱くなってしまった。きっと赤い顔しているだろうな。
「なんとなく、嫌われているかな…っていうのは分かった。だけど、最近は話し方、変わったし…」
「僕っ、零さんに憧れていて、斉木先輩を尊敬していたんです。なのに陸さん、斉木先輩を一杯、泣かして…あっ」
「何?泣かしたって?」
 その言葉に反応したのは、零だった。
「斉木先輩、今は幸せになったから言いますけど、ずっとずっと、陸さんが好きだったんです。本気で。告白したけど相手にしてもらえなかったって泣いていました。いつまでたっても自分は陸さんにとっての影の存在だって。だけどある日、斉木先輩嬉しそうに言うんです。陸さんは零さんが本当に好きなんだって。そして僕のこともすっごく心配してくれているって。だからいいんだって、そう言ってました。」
 普段、口下手な都竹くんが一生懸命、話してくれた。
「陸さんを好きだった斉木先輩を剛志さんが好きになったんです。陸さんがいなかったら、始まらなかったんです。」
「そっか…」
 僕は都竹くんを抱きしめることでしか、気持ちを表すことが出来なかった。
「ありがとう」
 そんな僕を見ていた夾ちゃんが、ぽつりと言った。
「陸ちゃんがどうして誤解されやすいか、やっと分かったよ。」
 そう言って大きくため息をついた。



「で?夾の好きな娘って?まさかこの間のなんてっ言ったかな?あの娘じゃないよな?」
 夾ちゃんの背後から羽交い絞めにして、零が優しく問い質す。
「違う…けど言わない。零ちゃん、邪魔するからさ。」
 夾ちゃんの顔が真っ赤だ。
「あやちゃんだよね?夾ちゃん、前に言ってたもん。」
「聖ちゃんっ、駄目だって!!」
 ふーん、そういうこと。
「じゃあ、聖のライバルなんだ。」
「ううん、ライバルじゃないよ。だってあやちゃんは僕にメロメロだもん。」
 聖は何事も無かったの様に深夜の時間帯に起きている。
「聖?なんで起きてるの?」
「だって明日もまだ夏休みだもん。一日くらい夜更かしするんだもん。明日はあやちゃんとデートだけど、夾ちゃんも来る?」
 ふふふっ
と、不敵に笑う。
「聖ちゃんは陸ちゃんが好きだって、言ったじゃないかっ。」
「うん、陸も大好き。あやちゃんも大好き。好きな人が一杯いると楽しいよ。」
 さすが、零の遺伝子だね。
「ねぇ、都竹くん…」
 僕はふと疑問に思ったことを口にした。
「結局、都竹くんは誰が好きなの?」
 うっ
と唸った都竹くんは、客間に敷いた布団の中に、一目散に飛び込んであからさまな狸寝入りを決め込んだ。
「夾ちゃん、知らない?」
ふるふる
と、首を左右に振る。
「辰美くんは…陸が好きだって言っていたけどね。」
 …ええっ、まだあるの?もう僕は零のことだけ考えていたいのに。


「おはようございます」
 朝、目覚めたら都竹くんと聖がキッチンで朝食の支度をしていた。
「僕、料理得意なんです。」
と言うわりには、目玉焼きを焼いていた。ちょっと焦げ目が多め。
 でも聖とも仲良くなったみたいだ。
「陸さん、今度は斉木先輩の代わりに、僕が聖くんと留守番します。」
 なんて張り切っている。
「本当に?しゅんちゃん、来てくれるの?わーい、嬉しいなぁ。あやちゃんも呼んじゃおうかなぁ〜♪」
 おいおい、それじゃ本末転倒だよ。
「大丈夫、その時は僕も来る。」
 夾ちゃんがボサボサの頭で布団から這い出してきた。
「夾ちゃん、あやちゃんはね、お洒落な人が好きって言っていたよ。」
 その言葉に、夾ちゃんはかなり傷ついたようだ。自分の服のセンスの無さにはほとほと愛想を尽かしているくらいだから。
「三人で、あやちゃんの争奪戦だよ〜」



 …その場で、都竹くんがフリーズした。のは言うまでもない。