あきらちゃんが僕を実家に呼びだした。
なんだかイヤな予感がする。
「零の本心が聞きたいの。あなたは陸をどうしたいわけ?」
最近、涼ちゃんが仕事で外出する機会が増えた。
あきらちゃんは当然一人で家に居る。
それはもう一人で家に置いておいても大丈夫ということだからだろう。
確かに最近のあきらちゃんは昔以上にパワフルだ。
「どうしたい…って?」
まじめに何を言わんとするのか理解できず、腕を組んで考えるふりをした。
「陸は男の子なのよ?なのにまるで聖の母親のように振る舞ってあれじゃあ近所でおかまとかおなべとか言われても仕方ないじゃない!」
僕はわざとらしく左手の平を右手を拳にしてポンとたたいた。
「あきらちゃんは陸がおかまとか言われるのがイヤなんだ。僕は構わない、陸の本当の姿を知っているのは僕だと自負してる。」
すると、媚びを売るような視線を僕に投げて寄越した。
「もう…私には関心がないのね…」
「あきらちゃん?」
呆れた。この人はまだ僕の庇護を欲するのか?
まぁ、涼ちゃんがいないから不安なのかも知れない。
「僕は、陸を愛してる。陸にもっと愛されたい。今はそれだけ。」
あきらちゃんは瞳を伏せた。
「私ね、気づいたの。私の周りにいる男の子はみんな私のものにしたいの。実紅にゆうちゃんを取られたのも気に入らないし、零に陸を取られたのも気に入らない。陸に零と聖、そして…」
あきらちゃんは一度言葉を区切った。
「そして夾までも取られたのが悔しい。」
「やっぱり気づいたのか…」
「当たり前でしょう!私は母親…」
僕はあきらちゃんの口元に人差し指を当てた。
「今自分で否定したじゃないか、私は母親ではなく女だって。」
僕はあきらちゃんを抱き締めた。
「れ…い?」
「これでいい?これ以上は無理だ、身体が反応しないんだ。」
嘘だ。僕はちゃんと身体の形が変化したことを自覚していた。
この期に及んでなにをしている?
本当だ、世界中の人に向かって大声で宣言できる、僕は陸を愛してる―のに、抱き合った記憶を身体が覚えていた。
「陸を、許して。僕があの子を引きずり回しているんだ。」
そう、最初から拒絶すれば、こんな関係にはならなかった。
陸を、陽の当たる下へ送り出せた。
「だけど、陸と愛し合ったんだ、あきらちゃんとじゃ叶えられなかった、至福の時間を共有したんだ。離さない、離したくない、例え裕二さんに恨まれて八つ裂きにされても、あの子の手は離さない。二人で生きて行きたい。」
「離して。」
「イヤだ、陸は…。」
「この手を離せと言っているの!」
僕は慌てて腕を解いた。
「絶対だからね?あなたがその覚悟でいるなら私は何も言わない。夾は一時の熱病みたいなものだから。気にしないで。」
はたと、気付いた。
「騙した?」
「ごめん、零の気持ちを知りたかったの。涼と駆け落ちしたときよりあなた達の方が大変だから。」
僕はあきらちゃんの唇に自分の唇を重ねた。
「大丈夫、聖がいるからなんとしてでも死守するよ。」
あきらちゃんは黙って頷いた。
「そっか…」
零がママとそんなことがあったなんて全く知らずに僕はのんびりギターの手入れをしていた。
「ままごとだと、思っていたのかな?」
「ままごとというよりやっぱり親心じゃないかな。聖にだっていつまで経っても世話を焼きたがるしさ。」
その言葉を聞いた瞬間、ママが僕たちに関して何か確認しなきゃいけないことが起きたんじゃないか―僕はふと、思った。
「やっぱり、気付いたのは陸だったわね。」
翌日。夜の仕事が遅くなるので聖をママに預けに行ったときだった。ママは大袈裟に溜め息をついた。
「人が考えてることに敏感なのは零なんだけど、肝心な部分は気付かないのよ。だから大丈夫だって思って零を呼び出したんだけど、やっぱり陸に気付かれたわね、ゆうちゃんそっくり…聖もどっちかと言ったら陸に似ている。」
ママはゆっくり微笑んだ。
だけどいつまでも感心しているばかりでちっとも本題に入らない。
「言えない?ならいいや。」
「聖を、零の養子にする件。二十歳まで待って。」
多分、僕はママを睨み付けていたと思う。
「違っ、違うの。弁護士にも相談して学校の先生にも相談してたの。零に、戸籍と共に事実上の妻がいるなら兎も角、幼なじみと同居している環境下では承認されにくいらしいのよ。陸と一緒にいる限りは無理なの。だから、ここで一緒に暮らそうって言いたかった…だけど幸せそうに陸を愛してるって言う零に、二人を離れ離れにするようなことは出来ないわ。だから、今まで通りにするのが一番いいと思うのよ。私も聖に会えるし。」
ママを睨み付けたことを後悔した。
ママはやっぱり僕なんかより全然大人で、ちゃんと聖のことを考えてくれている。
「ありがとう…聖を僕から取り上げないでくれて。僕の人生に零と聖は不可欠なんだ。もしもこの世の中に聖以外の零の子供が存在していたとしても、僕には興味がないんだ。大事なのは…ママが産んでくれたってこと。だってママと僕は親子だから。」
ママはやっぱり微笑んでいた。
「あのね、ゆうちゃんの愛情ってとっても深くてとっても一途なの。だから一箇所を見詰めているときは絶対に他のものが目に入らなくなってしまうの。涼もとっても深くて一途だけど、常に周囲を見回している。だから問題が起きたときの最良の方法の選択肢が多いのね。私は…好きだと思ったら兎に角突っ走ってしまうのね。だからゆうちゃんとも、涼とも…零とも、寝た。愛情を向けられて好意を抱いていたら愛されてみたいって、思わない?」
僕は、小さく頷いた。
「夾が新学期から通学の場所が変わるのよ。今までは近かったけど少し郊外の校舎に行くそうなの。勉強に専念したいから一人暮らしをしたいって言ったのよ。私は反対した。零と正々堂々戦いなさい、それで負けたら尻尾を巻いて逃げればいいって。負けが見えているの?夾の恋は。」
どうしよう、ママはどこまで知っているのだろう。
「ごめん、言えないよね、そんなこと。だけど、私は…陸が愛しい。ゆうちゃんは私の初恋の人だから。最初の人だから。その人の子供を産めた事を喜んでいるの。幸せになって欲しい。」
バンッ
「ママぁ〜、また算数の宿題手伝って…ってどうして陸がまだいるのぉ〜?」
今、聞き捨てならないことを聖が言いながらドアを開けて入ってきた。
「聖?またって言うのはどういうこと?」
聖が後ずさる。
「陸、時間、大丈夫?」
ママは相変わらず微笑んでいる。
ほぼ同時に携帯電話がけたたましく零からの着信であることを告げる。
「聖!!帰ったらゆっくり聞かせてもらうからね。ママも!」
僕は急いで加月の家を後にした。
「陸、怒ってたね。」
でも陸が怒っても全然怖くないんだ。ママには内緒。
「陸は聖が大好きだから怒るんだよ。」
「うん、知ってる。僕は陸に怒って欲しいからあんなこと言ったんだもん。」
「そうよね、私算数苦手だから教えられないもの。、聖は夾に聞くんでしょ?」
「聞かないよ、算数得意だもん。陸も知っているはずなのになぁ。」
陸の趣味は絶対に僕を甘やかすことと怒ることだと思う。
「ACTIVEが有名になっちゃったからあんまり皆でデートに行けなくなっちゃったんだ。僕が幼稚園の頃はわざわざきれいな洋服を買ってくれてとっても美味しいご飯のお店に行ったり、陸の手作りのお弁当でハイキングに行ったりしたんだけどな。」
ママはニッコリ笑って言ったんだ。
「聖はみんなでご飯食べに行きたいの?それとも一緒にいたいの?」
ん〜ママが言いたいことは分かるけど違うんだなぁ。
「いつもそばに居て欲しいの。僕のおうちはここじゃなくなった時から零くんと陸の居る家なの。だからずっと一緒に居て欲しい。だけど二人にはACTIVEがあるから無理なの。僕は二人の足手まといにならないように一生懸命なんだよ。」
ママの表情から笑顔が消えた。
「零も陸も言葉で否定するのに、聖は体で拒否するのね…分かった聖にだけは本当のことを話すから。二人には内緒よ?」
そう言ってママは僕に打ち明けた。
零は聖を戸籍ごと自分の息子にしてあげたいと思っている、パパが養子でもいいから僕をパパの戸籍に入れたいとじいちゃんばあちゃんを説得したのと似ている。
「聖は本当のことを知っているんだから、ちゃんと真実のまま、お婿に出してやろうかと思ってね。」
今日の歌番組は収録時間が長いことで有名。だから終わりは深夜になることを覚悟している。メイク室で鏡の前に座った零が髪の毛をいじりながら呟いた。
「聖をお婿に出しちゃうの?お嫁さん貰いたいなぁ…で、僕がいびるの、ふふふ。」
聖に可愛いお嫁さんが来ることを僕はずっと待っている。
でも…聖が零の養子になったら僕の息子になることはなくなるわけで…。それは仕方のないことなんだけど寂しい。
「陸はこのままの方がいいと思う?」
零が不安そうに見つめる。
「わからない。ママも難しいって言っていたけど…聖が聖らしく生きていける方法が一番いいと思う。」
と、零の方を向いて告げた途端、
「ちょっと待って。あきらちゃんの目的が分かった。確認してみる。」
零は突然そういうと電話を掛けに行った。
親しい人に掛けているみたいだ。
「陸、おじいちゃんかおばあちゃんに電話して、裕二さんが同居しようと言ってないか確認してみて。」
零に言われて僕は携帯電話からじいちゃんに直接電話した。
「あ、じいちゃん?」
手短に話すとじいちゃんの答えは「先週そんな話があった、陸も一緒だと言われた」という回答。
「これって推理ドラマかな?」
なんか他人事みたいだ。
「前から涼ちゃんが一緒に暮らそうって言っていたけど、遂に強硬手段に出たな…。」
僕には何のことかさっぱり分からない。
「多分…裕二さんの家もひっくるめて全てひと続きの家にしたいって言ったんじゃないかな、あきらちゃん。今あきらちゃんの方のおばあちゃんに電話したんだ。そしたらそんな計画があるっていっていた。」
ええっ!!
「零のところっておじいちゃんおばあちゃん、ママの方も涼さんの方もご健在だよね?」
「うん、前から同居したいって言っていたから、どっちも。」
「そ、それから…涼さんとママと夾ちゃんと。うちのじいちゃんばあちゃんにパパと実紅ちゃん、拓に実路、それでうちが三人…十六人?」
そんな大所帯…楽しいかも。
「今楽しいかもって思っただろ?それって完全にあきらちゃんの血筋だな。」
どきっ。
「で・でも…」
一から家を作るのも面白そう。
「あきらちゃんに言っておくよ、陸は乗り気だってね。」
「えっ、違う…」
家作りとか、イベントの時とかは楽しそうだけど、普段の生活は絶対に不便だと思う。
「僕は反対だから。陸と夾がひとつ屋根の下に暮らすなんて、悪いけどまだ無理だ。」
「今すぐじゃないんでしょう?」
「やると決めたらあきらちゃんは早い。」
そっか…。
「零と陸には黙っててね、私小説家になろうと思うの。」
ママの話はいつも突拍子もない。
「いつか僕を主人公に書いたお話?」
「そうそう、零と陸を主役にボーイズラブテイスト満載で…だからどうしても一緒に暮らして参考にしたいわけよ。わかる?時々聖と夾が割り込んだりして、楽しいでしょ?」
ママの瞳はハートマークになったまま、天井を見詰めている。
「ママの小説つまんないもん。僕が主人公の陸とラブラブなお話を書いてくれたら零くんの説得工作に協力してあげるよ。」
絶対に書けっこないもん。
「一ヶ月、時間をくれれば書くわ。」
ドキッ。
「本当に、零を説得してくれるのね?」
「う・うん…は!こんな時間だ、おやすみなさーい。」
僕は慌ててママの前から逃げ出した。
昔、零くんが使っていたベッドに潜り込むと、いつも陸の夢が見られる。きっと零くんもこのベッドで、毎晩陸のことを考えながら眠りに就いていたんだろうなぁ…。
零くんばっかり、いい思いをしているっていうのも癪だから、この際ママに協力してあげようかな…。
まぁ、ママの小説の出来次第だけど。
|