あきらちゃんの本望
 電話の呼び出し音は三回、ママはちょっとよそ行きの声で応える。
 間髪入れず、僕は抗議の言葉を口にする。
「ママの嘘つき。全然ラブラブじゃないっ!」
「え?あ?聖?ラブラブって?」
 うっ、陸に口止めされていたし、零くんに十八禁と書かれたサイトを閲覧したらいけないと言われていたのに読んだのがばれちゃう…。
 でも…。
「陸と僕のあんあんがない…」
「あんあん?パンダ?」
 ママはパソコンを上手く扱えない。
「今から行く!」
 仕方ない、ACTIVEの創作サイト見せてあげよう。


「やぁーんっ、なにこれ…萌え?」
 萌え…なんて類のものじゃないってばぁ。
「ね、だからママの書いてくれたお話に陸と僕のえっちな場面がないんだってばぁ…」
 するとママはとんでもないことを口走った。
「聖と?夾とじゃなくて?」
 え?
「なんで夾ちゃん?」
 ママは平然と答える。
「夾ったら零のいない隙を見計らって陸を…ってこんな話を小学生に言ったらダメよ。」
 何を今更…。
「夾ちゃん陸とえっちしたんだ…」
 かなりショック。
「小説はもういいや…帰る…。」
「ちょっと、聖ってば、ねー」
 ママが騒いでいるのは耳に入って来ているけど僕はそれどころではなかった。


「零くん」
 その夜、陸が防音個室でなにやらしている最中、メールで届いたファンレターに返事をするためパソコンのキーボードを叩いていた零くんに声を掛けた。
「零くんが知らないわけないよね?」
「何を?」
 視線は液晶画面を見つめたまま器用に指先を操りつつ、僕の相手もしてくれている。
「夾ちゃんと陸…」
「あきらちゃんか?」
 零くんは明らかにその先は聞きたくないと言わんばかりの勢いで質問を投げ掛けた。
「うん」
「事実らしい。僕も現場を押さえたわけじゃないから詳しくは解らない、って聖もいたじゃないか、あの時。」
 え?
「陸が具合い悪くなった日だ。」
 声を発さず目だけが肯定していた。
「陸も同意したんだってさ。それじゃどうしようもない…僕の惚れた弱み…だな。」
 惚れた弱み?どうして惚れたら弱いんだろ?
「陸は夾ちゃんが好きなの?」
 零くんは少し困った顔をして、
「解らない。」
と答えた。
 多分、零くんはもう陸にお仕置きしたんだろうな。
 だけど僕はまだだから。
 僕より先に夾ちゃんとなんて納得できない。
 夾ちゃんはずっと陸のこと嫌いだって言ってたのに…。




「陸。」
 防音室でずっとピアノと格闘していたら聖が珍しくやって来た。
「どうしたの?」
「夾ちゃんとセックスしたの?」
 息が止まるほど驚いた。
 聖から単刀直入に聞かれることは想定していなかったから。
「…した。」
 僕は正直に答えた。それが聖にはいいと、判断したからだ。
「陸は零くんと結婚してるのに?陸が教えてくれたんだよ、セックスは結婚したいくらい大好きな人としていいことなんだって。ウソなの?」
 でも、どうして聖がこのこと、知っているんだろう?
「ウソじゃない、セックスは大好きな人とする行為だよ。僕は…夾ちゃんを…好き…」
 ううん、違う。
「ごめん…なさい…僕は…興味本位のセックスをしました。零以外の男の人に抱かれたらどんなだろうって好奇心で…気持ちいいのか知りたかった、けど、違う、セックスしたらいけなかったんだ。夾ちゃんも零も聖だって傷付けてしまった。それ位大事な行為なんだ。」
 聖は僕を抱きしめてくれた。
「零くんは許してくれたの?」
 腕の中で頷いた。
「じゃあしょうがないかな。」
 聖は優しく、背中をさすってくれた。



「やっ…ん…んっ、ふぁ…」
 寝室に入るなりいきなりベッドに押し倒され、倒れ込みながら腰を抱かれ、唇を吸われた。
 零の左手は既に下着の中にあって、硬くなったぺニスをゆったりとさすっている。
「聖に夾のこと聞かれただろ?」
 耳元で何を言うのかと思ったら又夾ちゃん。多分一生言われるんだろうな…ちょっとイラつくかな?…僕が悪いのは変わらないけど零だって色んな人と遊んだくせして…駄目、こんな逆ギレみたいな感情を持ってしまったら、いつか二人の関係にヒビが入ってしまう…だけど…。
「あきらちゃんが何か聖に吹き込んでいるみたいだ。」
 え?ママ?
「その先は、いい子で僕に身を委ねたら後で教えてあげよう。」
「え?ちょ…っ…あぁんっ」
 いや…だ…。何かと引き換えに身体を差し出しているなんて、嫌。
「や…だ…したく、ない…」
 だけど気持ちとは裏腹に、下半身に血液が集中している。
「陸のペニス、爆発しそうに充血してるけど、止める?」
 頭の中が、真っ白になっていく…。
「交換…条件…やだっ…あ…っ」
「全く、わがままだなぁ…ってそこが可愛いんだけどね。聖が陸のこと好きなの、知ってて夾のことをわざと教えたらしい。二人の仲を裂くつもりだと思う。」
 零はそういいながらも動きは止まらない。
「あっ…ちょ…っ…ダメ…」
 僕はただ零の言葉を聞く事しか出来ない。
「あきらちゃんの両親、あの家の持ち主だけどさ、二人が反対しているんだ、陸の家と一緒になることを。」
「僕も…いや…あ…」
 零はちょっとだけ僕のアナルに人差し指を押し込み、二・三度抜き差しをすると性急に自分のペニスにジェルを塗りつけ、僕の中に押し入った。
「や…もっと、解してくれないと、無理…んっ…」
 僕の下半身は異物感でちょっと気持ちが悪くなっている。
 ゆっくり、ゆっくりと動かしながら僕の中が零の形に慣れるのを待っている。まだ完全に成長しきっていないペニスだから、なんとかおさまっているけど、これが最終形態をとったら、僕は気を失ってしまうと思う。
「まだ痛い?」
こくん
 声に出せずに首だけを動かした。
「ひぃっ」
 思わず、叫んでいた。
 零の人差し指がペニスに添えられ、僕の中に入ってきたからだ。
「やだぁ…壊れるぅ…」
 痛い、痛い、痛い…。
 だけど、人差し指はそっと入り口を揉み解している。
 むくっ、むくっ…
 零のペニスは確実に成長している。だけど僕は段々その形に馴染んできていた。
「もう、平気みたいだね。」
 気付いたら僕は甘ったるい声で喘ぎまくっていた。
 必死で後ろ手で枕にしがみ付いていた腕を、零は無理やり剥ぎ取ると上半身を引き上げられた。腕の力で上半身を支えて、下半身は零に貫かれて…。物凄くエロティックな情景だと、自分で思っていた。
 それを喜んでいる、自分がいる。
 そう言えば…。
 あれから、零のセックスは加虐的だ。
 それを喜んで受け入れている僕は、マゾヒスト…かもしれない。
 もっと、酷くして欲しい…そんなことを思っている。
 だけどそれは、やっぱりあれを後悔しているってことなのだろう…。
「んっ…んっんっんっ…」
 僕の息遣いだけが部屋に響いていた。



「あのさ、ママが僕たちと一緒に暮らしたい、っていう話だけど、やっぱりどう考えても無理だよね。ばあちゃんが納得しないし…僕がやだ。」
 ベッドの中で零が眠りに落ちる前に僕の言いたいことは言っておこうと思った。
「うん。」
 返事だけ辛うじて返してきた零は直ぐに深い眠りに落ちていった。
 ママの気持ちは分からなくはない。
 だけど僕が小さな子供の頃、母親を求めていた時、決意してくれていたら…。
 そこまで考えて気付いた。
 聖は今、その年齢じゃないかって…。
 聖は母親を求めている、それをママは自覚しているのではないだろうか?
 だけど僕が聖を手放したくないばかりに我侭ばっかり言うから、ママとしては最大の譲歩案を考え出したのだろうか?
 最大というよりは大規模だけど。
 だったら…僕はばあちゃんを説得しなければいけない。それが僕の使命だ。
「寝ろっ」
 隣で寝息をたてていた零が、僕の背中に腕を回して抱きしめた。
「何考えているのか分からないけど、難しいことは一晩寝てから考えなさい。夜中に考えても悶々とするばかりで妙案は出ない。」
 そう言うと再び寝息をたてた。
 この人は恐ろしい…。
 確かにそうだ、夜中に考えることは大抵朝になったら忘れている。
 もしかしたら夢の中で良い案が浮かぶかもしれない。
 寝よう。





「もしもしぃ、聖?いるんでしょ、早く出てよぉっ。」
 留守番電話が応答している時点で、既に僕の名前を連呼しているのはママだ。
カチャ
 僕はオンフックのままで通話ボタンを押した。
「なぁに?今手が離せないんだけど。」
「書いたわよ、小説。聖と陸の官能的なボーイズラブ。」
 ドキッ
カチャ
「ママ…それは、何?」
 そこから先、僕はママが何て言ったのかは知らない。だって陸が僕達の会話に割って入って邪魔したから。




「ママは何を考えているんだか分からない。」
 僕は頭にきたから直談判に加月家にやってきた。
「僕と聖の官能小説って、何?」
「だから…聖に陸と夾の関係がばれちゃったから、そしたら聖が陸とあんあんする小説を書いてって…」
「そう言われてあなたは書いたんですか?母親なのに…。」
 あきれてモノが言えない。
「いいですか?聖はまだ小学生です。確かに僕は聖に性教育をしてきました。だけどそんな淫らな行為を曝け出すことは…」
 ママは僕の目の前にワープロ打ちされた1枚の用紙を差し出した。

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『連載 聖の恋物語』

注意 この物語は現実の時間と同じように流れていきます。主人公聖は小学校一年生から始まります。ついてくる自信のある人だけ、読んでください。

第一章 陸

聖は陸が大好きです。
聖も陸も男の子だし、同じママから生まれてきたので大好きなのは分かるのですが、最初は一緒に暮らしていませんでした。
聖は優しくてキレイな陸がいつも遊んでくれるので嬉しかったのですが、段々会う度に胸がドキドキするようになったのです。
つづく

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「これ、次は一年後?」
「ううん、明日。毎日連載するけど一日しか進まないの。」
「聖、飽きちゃうよ。」
「それが狙いだもん。聖、くどいからね、陸に似て。」
 う…。
「おばさん…陸のおばあちゃんがどうしてもうんって言ってくれないの。私は拓と実路が一緒に暮らせたらいいなぁ…って思っていたのに…陸が一緒に。」
 え?
「陸の、弟妹だもの。」
 ママ?

「みんな、ちゃんと伴侶を見つけて幸せになっていく…なのに零と陸だけはどうして同性なのに惹かれ合ったのか、原因を考えたの。インターネットでも調べたし、図書館で文献も読んだわ。…母親の胎教に関係があることが少し分かったのよ。私のせいなんだなぁって思って、罪滅ぼしのつもりだったの。でも違った、私の勘違い。あなた達は出会うべくして出会ったの、神様の決めたことなの。それに気付かせてくれたのは聖だった。聖が教えてくれる二人の話はどんな男女の夫婦より深いつながりだと思うわ。だから引き離してはいけないと分かった。もう同居には拘らない。でも気が向いたら考えて。」
 ママは優しく微笑んだ。
 僕達はママに認めてもらえた。すごく幸せだな。
「ママ?」
「ん?」
「抱きしめていい?」
「うん」
 僕はママの身体を抱きしめた。
「ありがとう、ママ」
「陸…あのね?」


「本当だ…」
 僕は一人でにやけていた。
 ママが僕に言ってくれた言葉がとっても嬉しくて飛んで帰ってきた。
「どうした?」
 零が不思議そうに見ている。
「背が伸びた。」
「よかったな。」
「気付いてた?」
「抱き寄せると、頭の位置が違ったからね。」
 ママと、同じことを言われた。
『陸の肩の辺りだったのに、胸の位置だわ、私の頭。』
「パパの背が高いから、絶対に大きくなれるって信じていたんだ。」
 僕は零の胸に顔を埋めた…ん?
「零の背も伸びた?」
「まさか。」
「じゃあ、計ってみようよ。」
 嫌がる零を無理やり柱に押し付けて印を付ける。
「180センチ、ある…。」
「元々だよ。プロフィールでは平均的にってことで178センチにしてあるんだけどね。」
 ガーン、 騙された。
「それより、あきらちゃんは同居を諦めたみたいだね。」
 僕は色々説明することを避け、ただうなずくだけにした。
 ママは、やっぱりママで、いつだってママの子供たちのことを考えていてくれる。その中に僕が含まれていたから、とっても嬉しい。
 僕は、ママが大好きだったんだって、今頃になって気付かされた。




「聖、陸はうまく丸め込んだからね、あとは零だわ。」
「ママぁ、僕は今のままが良いんだけど…」
「ダメっ、聖だけに二人のらぶらぶシーンを無条件で見られる特権を与えておくなんて、私は納得できないのよ。なんとしてでも二人と同居して、レポートしなくっちゃだわ。」
 この後、ママは夾ちゃんにつかまって散々叱られたことは、ママと夾ちゃんと僕の秘密。
 それから。
 いつの間にかママはパソコンが物凄く上達していた。何かきっかけがあったのかなぁ?