大人の誘惑
「夾!あんたって奴は一体何考えて行動してんのよ!…って零ちゃん、いたんだ。」
 たまたま、僕が加月の実家に顔を出していたから血を見ることは避けられたけれど、今頃実紅に夾の事件をリークするのは、あきらちゃんしか考えられない。
「そうよ、ママが教えてくれなかったら知らないままだったわ!裕二さんになんて言えばいいのよ!私の陸に…。」
カチン
 その言葉、癇に障る。
「実紅、違うだろ?陸はお前の兄貴に惚れてるの。零ちゃんのもの―だろ?」
 実紅はその言葉を完全に無視してくれた。
「私の陸を強姦するなんて!…ズルい!」
 しつこく"私の"の部分を強調している。
 頭を掻きながら夾がやっと口を開いた。
「陸は入れられるのが好きだから。」
 おいっ!
「いや、入れるのも好きだぞ。」
 …墓穴を掘った。
「悔しい〜っ!」
 …涼ちゃん、あなたはもしかして裕二さんがすごく好きだった?そんな遺伝子だけ、僕ら兄弟は受け継いだみたいだ。…この際あきらちゃんのことは無視しよう…。
「零ちゃん、僕も陸が好きな気持ちは変わらないよ。」
 厄介だな。
「でも陸は僕に惚れてるの!」
 全く…。いつまでこんなことを続けるんだか…。
「陸は僕のことが好きだって言うけどいいのかな?」
「当たり前だよ!」
「当たり前よ!」
 二人は同時に叫んだ。
「いつか、気持ちが伝わればいいんだ…又抱き締める日を夢見て…」
「キーッ悔しい!」
 やれやれ…。



「へぇ…」
 僕にとっては複雑な心境だ。
 夾ちゃんと抱き合った…しかもしっかり…のは事実でまだ生々しい記憶。
 実紅ちゃんが僕に好意を持ってくれていたのは知ってる、多分わざと二人に振ったんだろう、実紅ちゃんは一応母親みたいなもんだからね。
「陸は僕を選んでくれるんだろうか?」
 零が遠慮がちに聞く。
「当たり前だよ。」
「僕はさ、陸と付き合う前に付き合った人がいたから、陸と抱き合うことが幸せだってスゴく実感するんだ。だけど陸は僕しか知らないわけだろ?裕二さんとはセックスしなかったんだから…そう考えたら他の人とのセックスに興味を持っても仕方ないよ。相手が夾…って言うのは痛いけどね。もう僕は根に持ってないから。」
 顔が上げられない。
「問題はあきらちゃんだよな。」
 確かに…。
 いつまでもこうしてシコリになってしまうのは、ママが何かを企んでいるからだ。…一番悪いのは、僕だけどさ。



 その頃。
「あきら、いい加減にしないか!」
 ママは涼さんに物凄く怒られていた―とは夾ちゃんの後日談。
 パパに夾ちゃんと僕のことを話したのがバレたんだ。
「だって…」
「いい加減諦めたらどうなんだ?あまりにしつこいと僕だって疑う。」
「何を?」
「あきらは、裕二さんを愛しているんじゃないかと。僕との結婚を後悔しているんじゃないかと…」
「やっぱり…」
「そうなのか?」
「涼ちゃん、ちゃんと記憶が戻っているんだわ!」
「だから、都合の悪い部分だけ忘れているって言っているじゃないか、頭悪いな。」
「なんですって?じゃあ忘れている部分だけ今教えてよ!」
 このあとも延々とこの夫婦喧嘩は続いたらしい。
 結局、ママは反省する気も自粛する気もないらしい…。



 翌朝。なんだかタイミング悪く事務所で今後の活動に関してのミーティングで集まることになっていた。
 パパには会いたくないな…と、思っていたら、入り口に辿り着いた時だ、都竹くんを押しのけて僕のそばにきたのは…パパだった。
「あきが言ってたこと、事実なのか?」
 パパの表情を読みとれない。仕方なく肯定の為に首を縦に振った。
「零に、飽きたのか?」
「なんで?」
「そうなら帰って来ないかと…無理みたいだな。遊ぶなとは言わないが…相手を選べ。夾くんや…後ろにいる都竹みたいなのはだめだぞ。」
 僕は振り返り都竹くんを見た。
 都竹くんは慌てて否定の為に首を左右に振った。
「そうだよ、都竹くんは好きな娘がいるんだもん。」
「例えば、だよ。斉木もだめだ。剛志はこれから相当手こずるぞ。」
「パパ」
 ん?と返事をしたように聞こえたけど、続けた。
「パパがママに惹かれた理由が分かったよ。」
 …二人とも、他人の恋愛にすぐ首を突っ込みたがる。そしてそれはしっかり僕が受け継いでいる―って言うと更に追求されるから止めた。



「活動停止?」
 斉木くんの第一声は他人事に聞こえた。
「はい。初さんと隆弘さんに海外での仕事が入りました。残念ながら音楽関係ではないのですが、顔を売る絶好のチャンスです。期間は半年。年内一杯です。そして―」
 斉木くんと視線が合った。
「剛志さんと陸さんに連続ドラマの主演でオファーがありました。」
 え?
「拘束は5ヶ月になります。更に、零さんには主演映画の話がきています、社長は乗り気です。」
 いつもなら僕らの意向を聞くのに、ヘンだな。
「剛志くんと僕のドラマって?内容は?」
「まだ企画段階ですが…同性愛がテーマだそうです。」
 斉木くんは俯いた。意にそまないんだな。
「僕は…」
「俺が決めた。」
 昔の刑事ドラマの主人公みたいに突然パパがドアを開けた。
「初と隆弘の仕事はファッション雑誌のモデルだ。日本人向けに出すブランドの専属だ。零は今ようやく軌道に乗り始めた邦画に進出する。いきなり主演だからな、脇は固めてもらう約束はつけてある。それから剛志と陸、地でやるなよ。」
 な!何言ってくれちゃうんだよ!
「陸は兎も角、僕は演技の経験がないのに?」
 剛志くんの意見はもっともだ。
「オレは何のために今日、ここにいるんだ?」
 ニヤリ、意味深な笑いだ。
「オレがさ、陸の父親役で出てやろう…と掛け合った。」
「えー!」
「なんだ?」
「い、や…何でもないです。」
 パパは本気だ。
「それぞれの仕事の間、家族には相当迷惑を掛けると思う。特に零と陸、聖はうちで預かるか、涼に頼むか、してくれ。来年からはACTIVEの全国ツアーとアジアライブを慣行する。だから年内にレコーディングもするから。曲作りは全員で担当して持ち寄り。いいな。」
 いつになく、パパの強引な決定だった。
「今が正念場だ。一過性のもので終わるか、息の長いスパンでやれるか…まだ解散する気はないんだろ?ならオレのプランに乗ってみろ。あ、そうそう、月一のライブは続けろよ。活動停止中も許可する。」
 そう言うと一番末席に移動して僕らを眺めていた。
「ということで、かいつまんでオーナーが説明してくださったので他に質問は…」
 静かに手が上がった、零だ。
「映画の話、降りてもいいかな…陸の替わりに僕が出たい。陸は連続ドラマ出られる?」
「自信はないけど…」
「じゃあ決まり。この話、陸から僕にシフトしてください。剛志との恋愛ドラマなんて僕が納得できない。―裕二さん知ってますよね?だからですか?」
 斉木くんの手前、明言は避けたけど二人の過去を指しているのは明らかだ。
「陸と剛志のセックスは見たくないのか…」
 バサバサッ
 けたたましい音をたてて書類の山をテーブルから落としたのは、斉木くんだった。
「抱き合ったり、キスしたり…親バカですまないがキレイだと思うけどな。」
「あの、オーナー、」
 斉木くんだ。最近、パパはオーナーと言う響きが気に入っていてみんなにそう呼ばせている。
「その…台本にそんなシーンはないです…」
 パパが笑い出した。
「可愛いなぁ、斉木は。安心しろ、露骨なシーンはないよ、ゴールデンだからな。」
 …ゴールデンに同性愛って完璧にネット住人の同人系…つまりボーイズラブ…だなぁ。
「パパ、もしかしてこの原作、僕らの同人サイト?」
 ニヤリと笑い大きく頷いた。
「聖が教えてくれた、零と陸はこんなんじゃないよってね。」
 あの…馬鹿っ。
 斉木くんは落とした書類をかき集めながらなんだかやけに沈んでいた。
「だからこの話は零ではダメなんだ、悪いな…初共演だし、な。」
 最後のところは小さな声で言っていたけど僕は聞き逃さなかった。



「斉木くん」
 終始俯いたまま心なしか涙声の斉木くんを追いかけた。
「大丈夫?」
「陸さんっ」
 今度こそ持っていた書類の束をぶちまけて斉木くんは僕に抱きついてきた。
「嫌です、なんで陸さんと剛志さんなんですか?耐えられない……て。」
 ん?今なんて?
「永久保存版にします!二人のラブシーン!」
 は?
「斉木くん?意味が分からないよ?」
「だって!僕の大好きな二人が綺麗に撮ってもらってみつめあったりして…これを萌えと言わずして何を言うんですか?」
 さあ…。
「頑張ってくださいね!」
 励ますつもりが逆に励まされた…。
「陸さんは永遠に僕の憧れです。」
 僕の身体を抱き締めた腕を解き、両手で僕の両手を強く握りしめた。
「僕と同じように陸さんに憧れている人間にとっては夢みたいな話です…でも憧れと恋は違うんですね。」
 え?
「必ずしも一致しない、の方がぴったりするかな?」
 必ずしも一致しない…僕の零への思いは憧れだったのだろうか…。
「ごめんなさい、陸さん又悩んでますよね、陸さんは絶対恋です。だから…僕は諦めた…分かりますか?」
 うん。
 大きく首を縦に振った。
「一つだけ、自信をもって言えることがあるんだ。僕は零がいないと何も出来ない。だから今度の仕事はあまり乗り気じゃない…だけどこれは仕事だから。頑張る。」
 零に、陸はお荷物だって思われないようにね。
「あの…」
 斉木くんがおずおずと小声でささやいた。
「分かってる。」
 斉木くん、ヤキモチやきだなぁ、ふふん。



「ああん…」
 名残惜しそうに僕のアナルから零のペニスがスルンと抜けた。
「剛志、陸を抱くかな…」
 あの…ドラマの撮影にはどれくらいの人が現場にいるとお思いで?
「でも、まぁ、二人は僕を介してすでにセックスしたようなもんだしな…」
 おいっ
と、心の中ではツッコミを入れているけどすでに疲労困憊で声もでない。
「愛してるよ。」
 零が僕の髪を指で梳きながら本当に聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁かれた。
「あのさ、聖のことなんだけど、」
「分かってる。誰にも渡したくないんだろ?大丈夫。あの子ももう三年生だし、来年なら一人で何日も留守番くらいさせた方がいいだろう?ーそれにさ、今回の件は何だか又あきらちゃんが裏で絡んでいるような気がする。陸が嫌なら一緒に住まない、だから聖を預けるって話もなしだ。…暫く夾にでも出入りさせればいい。」
 夾ちゃん―。
「あいつ、陸を諦める気がない。ならこっちにも考えがある。利用できるだけ利用してやる!」
 あーあ、零がブラックになっちゃったよ。
 こうなったのは僕にも責任があるからなんとかしてあげないとなぁ…。
「零」
「ん?」
「剛志くんと二人きりで会ったって話、詳しく聞くのを忘れてた。」
「…んー?」
 …まじで?
「だって、陸とこーなったのと剛志と別れたの、ダブってるんだもん。普通にさよなら―ってわけにもいかないでしょ、同棲する気だったし。」
 まあ、それもそうだね。
「斉木のこともあったしね。」
 うん…ん?
「あの二人が付き合い始めたのは最近なんだけど。」
 分かってる、零はわざとそのせりふを吐いたこと。だから僕も気付かない振りして乗ってあげる。
「うん。会ったよ、二人で。斉木が陸に相談したように剛志も相談してきた。かなり本気だったみたいでさ、ちょっとだけど嫉妬した。別に良いんじゃないかな、身体の関係くらいならって、まじめに考えた。だから陸をあんまり強く怒れないんだ。ごめん。」
「零、明日の夜、聖と三人で外食しよう?たまにはデートしようよ。ずっと、同じことを繰り返してきたからマンネリになったのかもしれない。僕もさ、セックスも含めてもっと勉強する。零が嫉妬しなくてもいいくらい、誰にも誇れる人になりたい。例え、夾ちゃんとセックスしても、零が心配しなくてもいいように…」
 零が僕の身体を抱きしめた。
「もう、次は無いに決まってるだろっ。」
 うん、無いよ。…という言葉は言わない。だって僕だって零に嫉妬していて欲しいから。
「けど、やっぱり許しちゃうんだろうな…惚れた弱み。」
 ごめん。
「話変わるけど…映画の話、受けてみようと思うんだ。前にさえがさ、歌い手は演技者でもあるって言っていたんだよね。確かにそうかもしれないって思っていたからさ、いい機会だと思う…陸と、あまり抱き合えなくなるのが辛いけどさ。」
 そう言って笑った零は、そんなに心配している顔ではなかった。


 このとき、僕らは気付かなかった。ママよりもパパの罠の方が壮大なものだったってことに…。
 だって、僕が出るドラマは完全にオリジナルで、同人サイトのものじゃなかったんだ。