秋葉原アニメ…同好会?
 上映終了。
 僕は不安になって出口に飛んで行きお客さんの声に耳を傾けた。

『意外だよね』
『うん、ドラマの陸と剛志より意外』

『面白かったけどねー』
『イメージ変わったよね』

『全然っ、ぽくない〜』
『ダサい…』


 …あれ?あまり良い感想がない。

『アニヲタって零に合わないよ〜』

 そうなんだ、今回の零主演映画は『秋葉原アニメ同好会』というアニメ好きな男たちの話なんだ。
 しかも昔のアニメ好きで有名なお笑い芸人とかミュージシャンは多いけど純粋なアニヲタ。
 深夜に放送している戦隊物とか学園物、果てはボーイズラブまで(いや、これは絶対にパパの差し金に違いないっ)、年に二回開催されるコミケのこととかを十年以上前から知っていたように立板に水の如し語る零は圧巻だ。

「陸の相手役が剛志のワケがやっと分かった。この役は零がやるからいいんだ。」
 カズくんが後ろからゆっくりやってきて呟いた。
「試写会、正恭くんも連れてくれば良かったのに。」
「仕事が忙しいからな。」
 芸能界はゲイのカップルが多い、僕らは氷山の一角だ。
「あの子、最近見かけないな。」
「誰?」
「ギター教室の…」
「さえ?昨日レコーディングで会った。歌の仕事が減っているらしいよ。世代交代だって言ってた。」
 アイドルの世界は厳しい、すぐに新しいアイドルが現れて消える。
「陸が一人でデビューしたら確実にアイドルだな、で、プロデューサーとかにヤラレてる。」
 ドキッ
「カズくんは?」
「三回くらい誘われたかな?」
「え!」
「もしかしたら零は経験あるかもね、君のパパも。」
 今度は声にならないくらい驚いた。
「零は陸が聞いたって絶対に口をわらない。それは言いたくないからなんだ。オレもあいつには言わない。分かった?」
 僕は無言で頷いた。
 大人の世界は結構複雑…いや、芸能界だけなのかな?
 でも周り中芸能人なんだもん!わかんない。
「そういえば聖くんいないね。」
 ドキッ
痛い所を突かれた。
「フラれた。あやちゃんと行くって。」
「あー、あの女子大生。聖くんすけこましになれるかもよ?」
「…せめてプレイボーイと言ってよね。」
 女の子に囲まれる聖…カッコいいだろうなぁ〜。



「零くんどうだった?」
 帰るなり聖が映画の試写会の感想を求めた。
「聖はあやちゃんと行くんでしょ?」
 少し拗ねてみる。
「うん、あやちゃんは陸と行きたいみたいだったから。」
 ん?意味がわからない。
「陸は僕となら行くけどあやちゃんとは行かないって分かってもらわないとね。」
 は?
「もう!陸は鈍いんだからー!あやちゃんは陸が好きなの。だから期待しないようにしてるの!」
「あ、ありがとう…」
 へー、そうなんだ。
 僕は他人の恋愛には興味あるけど自分に向けられる感情にはいまいち鈍いんだよな〜。
「陸と僕のデートはまた別の時ね?」
「うん。」
 んー、今日も聖は可愛い〜から、ぎゅってしちゃう〜。
 あれ?確か都竹くんが好きな人はあやちゃん…だったような?
「陸のドラマ、視聴率はいいの?」
 不意に聖が話題を変えた。
「斉木くんが言うには今クールの中ではベスト5には入ってるらしいよ、どうして?」
 聖は少し躊躇いながら、
「零くんがね、陸のあんな顔、他人に見せたくないなって言ってた。」
と、教えてくれた。
「仕方ないよ、零だと思って演ったんだもん。」
 パパは当初の話と大幅に内容を変更してきた。
 剛志くんとの絡みが異常に多いんだ、恋人としての…。
 だから前に零がCMでキスシーンを撮った時に言っていた「相手を陸だと思って」を逆手にとってみた。
「又、レポーターが陸の恋人探しに出掛けて来るな…って言ってたよ。」
そうか!そういうこともありだな。
「いっそのこと、二人は恋人ですって言えばいいのに。」
 聖が気の毒そうな表情をした。
「そうだね…」
 そうできたら楽だろうな…。
「僕は暫くパパとママの所に行くから。」
「やだ!聖がいなくなるなら僕は仕事を辞める。別に必死に働かなくても聖が大学を出るくらいならコンビニでバイトすればつなげるくらいの貯金はあるからね。」
「陸…無理してない?」
「聖?」
「零くんと二人ならカミングアウトもできるんでしょ?僕がいるから面倒が多いんだよね?」
 僕は危なく聖に手を挙げる所だった。寸での所で踏みとどまった。
「聖は僕たちの宝物なんだから。そんな言葉は二度と聞きたくない。」
「ここにいていいの?」
 聖?
「ごめん…聖に心配させちゃったね。聖は誰にも渡さない。僕らが留守にするときは、誰かにお願いして来てもらう。聖のことを大事にしてくれる人にね。」
「陸、僕ひとりでも平気だよ?でも陸は心配するからあやちゃんと仲良くしてるの。陸が心配しないならあやちゃんじゃなくてもいいの。」
 聖は僕が思うより大人だ。
「あやちゃんはまだ未成年だからね。それに女の子だから何かあったら困るんだ。」
「でも夾ちゃんにはもう頼めないんでしょ?」
 聖が心配そうな顔で聞いた。
「そんなことないよ。聖が夾ちゃんといたいならお願いするから。」
「そっか…零くんも夾ちゃんは仕方ないって思っているみたいだね。」
 仕方ない?どういうことだろう?あとで零に聞いてみよう。
「聖とあやちゃんの分のチケット、リビングのローテーブルの引き出しに入れてあるからいつでも行ったらいいよ。」
 にこやかな笑顔で頷いた。


「仕方ない…というか、嗜好が似ているのは血かな…と。陸だって夾だから…って気持ちもあっただろ?それと同じだと思う。憎みきれない…かと言ってムカつかないわけじゃないんだ。ただ…現場を押さえていないから、ある程度はガマンできる…かな?」
 うん、わかる。
「夾だから許したわけじゃない、でも僕にも非はあるからさ。」
「ごめん…もう聞かないから、最後に一つだけ、やっぱり僕が他の人とセックスするのはイヤだよね?」
 コツン
と、頭を叩かれた。
「当たり前だ。話をしているのもイヤだ。…今日だって伊那田くんと行ったんだろう?嫉妬しないと思った?」
 零が嫉妬してくれる…それがなんだかとっても嬉しいと思ってしまった僕は、いけない人間です。だけどね、僕は零にもっともっと、我侭になろうと決めた。
 そばに居て欲しいと思ったらそう言えばいいんだ。簡単なことだ。
 僕は、零に選ばれた、唯一の人間なのだから、自信を持てばいいんだ。
「どうした?」
「別に。」
「なんだかニヤついていたから。伊那田くんとそんなに楽しい話をしていたのかと…」
「僕か楽しそうにしていると思ったら、それは零に関することだって、覚えておいてね。」
 零は僕の言いたいことが分からなかったみたいだ。まぁ、いいか。





「お買い物〜♪」
 某デパートのバーゲン時期に流れるCMソングを口ずさみながらスキップするのは聖。僕は少し小走りで追いかける。
「ちょ、聖、待って…」
「あ、陸ぅ〜、は!」
 本屋の店頭で目当ての物を見つけた聖が振り返って僕を呼んだ。当たり前だ、おねだりしようと企んで出掛けて来たのだから。しかし、その行為は僕らにとってはいけないことだった。
「あの!握手いいですか?」
「これにサインお願いします。」
と声を掛けられたり、携帯電話のカメラで撮影攻め。
 僕は被っていた帽子を脱いで頭を下げた。
「ごめんなさい、皆さんの応援して頂いているご厚意を無にしてしまうのですが、今日はプライベートな買い物に来ているので勘弁して下さい。サインは事務所に送って頂ければご返送します、よろしくお願いします。」
 頭を下げたまま言うだけ言うと、再び帽子を被って顔を上げた。
「聖、行くよ?」
「う、うん。」
 人々は何も言わずに僕らを見送ってくれた。というより呆れていたみたいだ。
「可哀想…」
 聖が呟いた。
「みんな、うれしいから、陸が好きだから集まってくれたのに。」
 ツン
と、胸が痛くなった。
「でも時間なくなっちゃうもんね。」
 聖には分かっているみたいだ。
「ありがとう、聖。」
 僕らはファンの人がいてくれるからこうしていられる。
 誰にも受け入れてもらえなくなったら何もなくなるんだ。
 僕は急いで今来た道を戻った。
 そしてまだそこにいた人たちに帽子を取って、サングラスも外して、素顔で頭を下げた。
「今日は時間がなくて、すみません。でも次は必ず時間が有るときにここに来ます。そうしたら又声を掛けて下さい。」
ザワザワと声がした。
「陸、ドンマイ。」
 女子高生が声を掛けてくれた。
「大丈夫、みんなわかってるって。同じ町内だもんね。…陸はずっとここで生まれ育ったんでしょ?仲間じゃない。気にしなくていいって。あの子、待ってるから早く行ってあげて。」
 方々から同意の声がした。
 僕はもう一度頭を下げて、聖の所へ走った。
「良かったね。」
 聖が微笑んでいた。
 僕は、大好きな人たちと、僕らを支えてくれるスタッフ、ファンに囲まれて生きているんだなと、改めて感じた。
 みんな、ありがとう。


「ねぇ〜行きたい〜。」
 聖が僕のシャツの裾を引く。
「本当に零くんみたいな人が一杯いるの?秋葉原には?」
 正確には『零の演じた』なのだが…まあ、いいか。
「次の休みでいい?」
「やだっ。あやちゃんと行く!」
がーん…
 即答。
「また囲まれたら面倒だもん。」
 め・面倒?
「Tシャツにチノパン、リュックを背負って眼鏡かけたら多分囲まれないよ。」
 零がぽつりと言った。
「映画の撮影の時がそうだった。ネットアイドルとかグラビアアイドルだとあっという間に人垣が出来るけど、僕なんかがいても全く関係ないみたいだよ。服装を同じにしたら同類みたいだよ。…アニメ雑誌をリュックの中に入れておけば完璧だ。」
「零、本当に詳しかったんだね。」
「え?あ…その…実は…」
 そう言って防音室のCDケースの中から、隠していたらしいDVDが続々と出てきた。深夜に放送しているアニメばっかりだ。
「ずるーい、零くん、一人で見てたの?僕も見たい〜!!」
 零は慌てて後ろに隠した。
「わかった、今度…なっ」
 …僕がちゃんと後で追求しておくからね、聖。




「いやん、おねえさまぁ〜」
 …聖にはまだ見せられないね、これは。