ある日
 零は僕に命令する。
「ゆっくりと、一枚ずつ、着ている物を、脱げ。」
 僕は屈辱的な気持ちで一杯だった。
「最後の一枚は、そのまま、着ていていい。」
 涙が出そう。
「零…」
 零が僕の目を見た。
「…次は負けないから…オセロ。」
「十戦全敗が何を言う、一昨日来やがれ!」
 くやしー!
「はい、じゃあ下着を足で脱ぎながら『今夜も可愛がって下さい』って言ってご覧?」
 えー!
「こ、今夜も…か、可愛がって…やだぁー!悔しい!もう一戦する!」
「何を賭ける?もう脱ぐものないし、残っているのは…一日下僕でもしてもらうかな。」
 それは…いつもと同じじゃないか!
「勝つもん!」
 僕は下着姿(パンツ一丁というやつだ)で叫んだ。



「あっあっ…」
 零の前で脚を広げて喘いでいる姿が鏡(剛志くんがくれた)に映っているのを横目で確認する。浅ましい…この言葉が一番合う。
 乱れに乱れて仰け反り、結合を深めようとするかの様に腰を振る…。ただの獣だ。
 だけど客観的に見たら、僕の身体に杭を穿ち腰を突き入れている零の姿も同様に一頭の獣だ。
 セックスをする一対の番いは人間であれ動物であれ鳥や昆虫、植物でさえも実は浅ましいのではないだろうか。
 他人から見たら、綺麗なんてものではないはずだ。
 聖がそう言ってくれるのはまだ経験がないからだ…多分…。
「陸…」
 優しく、声が降りてきた。
「下僕が主人とのセックスの最中に考え事するなんて言語道断、考えていることを全て白状しなさい!」
 …オセロに負けた代償は大きい…。


「それは鏡というフィルターを通すからだよ。」
 フィルター?そんな簡単なことかな?
「僕には陸が綺麗に見える。大きく脚を開いて雄を受け入れているときの陸は悲壮感さえ漂って綺麗だ。雄が雄を受け入れるのはやっぱり屈辱感があるはずだ。だからこそ綺麗なんだ。鏡を通して見ないで。」
 無理だよ…。
「心で感じてよ。」
 心で?
「僕との性行為は愛しい…って。」
「思うよ、いつも。」
「ならそんなくだらないことは思いつかないだろうが。」
「そうかなぁ…。」
 んー…。
「セックス、マンネリかもな。」
 そう言うと零はパジャマのズボンだけ履いて部屋から出た。
 隣の部屋でなにやらゴソゴソしていたけど暫くして戻ってきた。あの部屋にはかなりいろんなDVDが隠してあることがよーく、分かった。
「陸、嫌がるかもしれないけど…。」
 手渡されたのはDVDケース。タイトルは、『体育会系ボーイズ』…。
「ゲイビデオ」
 ええっ!
 僕はびっくりしてDVDを落としそうになった。
「前の、ボーイフレンドが置いていった。」
 あ、ボーイフレンド…ね。って、内容は関係ないの?
 恐る恐るパッケージを開く。中には丸い円盤…DVDが入っていた。タイトルはパッケージと同じ。
 零はDVDを僕から受け取るとプレイヤーにセットした。
 画面の中では柔道の試合だか練習だかをしている。
 暫くそんなシーンが続いて柔道は終わった。
 全員ロッカーのある狭い部屋に雪崩込んだ。
 出演者の会話から高校生の設定だと判断した。
 他の子より少し背の低い子といかにもまじめな優等生風の子がやって来た。
 なんだか話をしているけどよく聞こえない。
 暫くすると先程の二人の少年が屈強な少年…とは言い難い風貌の男たちに取り囲まれる。
 そして…案の定裸に剥かれて口での奉仕を強要されて最後には身体を繋がれる…というストーリー。
「なんかつまんなかったな。」
 零は寝ているのかと思ったのにしっかり見ていた。
「じゃあ、今度はこっち。」
『監禁少年』…
 このDVDを忘れていった人は高校生が好きなのかな?と思った時、零が沢山のボーイフレンドに囲まれていたのは高校生の時だったことに考えが至った。
「見てて良いよ。」
「零は観たの?」
「それは…ね。」
 なんだか言葉が途切れ途切れなんですが…後ろめたい内容なのかな?
 初めはほとんどセリフや音声は無く、車のエンジン音だけが聞こえる。
 車は、少年を尾行しているのだ。
 暫くエンジン音が続いて少年が捕まる。
 それからは延々と性行為が続いた。
 果てることなく続く他人のセックスは見ていてそんなにいいものには思えなかった。
「…その男の子、目と声がちょっとだけ陸に似ていたんだ。だから何度も観た。」
 零の躊躇いはそこにあったのか…。
『あっあっ…あーっ!』
 少年は初めて中で感じてイったらしい。その声はただイヤらしいだけに聞こえたけど、もしも僕がただ零を想ってもんもんとしていたらそんな風に聞こえるのかもしれない。
「試してみる?拉致監禁。」
「零、好きなの?」
「少し…陸を裕二さんから奪って自分の部屋に監禁できたら…なんて妄想をした夜が何度もあった。」
「拷問じゃなくて良かった。痛いのは苦手だから。」
 零がなんだかもじもじしていた。
「陸、明日の夜、デートしないか?」
「デート?」
 その後拉致監禁?まさか…。


「いらっしゃいませ。」
 零に連れられて来たのはホストクラブだった。
「男性客でもいいんですか?」
「勿論です。」
 案内してくれた男の人は優しく微笑んでくれた。
 そうかぁ…。
 おのぼりさんの様にキョロキョロと店内を見渡す。圧倒的に女性客が多い。
「こいつに口説き方を教えてやって。」
 零と僕の間に座った男の人に話しかける零の口調がなんだか親密。
「DVDのヤツ。」
 え?
「出てたヤツじゃなくて置いて行ったヤツ。」
 ぶっきらぼうに答える。
 てことは、昔のボーイフレンド?
 そう言えば何となく観察されている気がする。
「ビンゴ!だろ?」
 いきなり言われた。
「零はね、例外はあったと記憶してる、だけど男に抱かれるけど抱かない主義だった。それは大事に想っている人がいるからだとみんなで言ってた。…君だろ?」
 僕は両手で口を押さえて零を振り返った、零はちょっとびっくりした表情をしたがすぐに肯定の為に視線を少しだけ下に向けた。
「可愛いね。」
 そういうと肩に腕を回し、耳元に囁かれた。
「零の高校時代の話、教えてあげるよ。」
 僕は零を振り返る。
「そいつ、僕らが何の仕事してるか知らないよ。」
「うん、知らない。僕は僕にしか興味がない。」
 にっこり微笑む。
 零は奮発してVIPルームにしてくれたから外部とは遮断されてるけど…心配。
「マンションに呼ぶときはセックスさせてくれるとき、呼んでくれないときは友達を沢山部屋に連れてこいと言う合図。僕は何度か零とセックスしたけど殆どの人は一回だけ。僕は特別だったんだよ。」
 あー、どうしよう。胸が痛い…苦しい…。
「すごい特別だな。」
 横を向いたまま、零が呟く。
「そうだね。零は僕に最愛の人を重ねていたから…って君か。髪の毛の色があの頃と同じだね。」
「…よく気づいたな。」
「僕は零が好きだったからね。」
 それまで横を見ていた零がその人を見た。
「僕の源氏名は優季(ゆうき)だけど、本名覚えてる?」
 その人は零に問い掛けた。
「…優季って本名じゃないんだっけ?」
「ゆうきは零が僕に付けた名前だ。本名は春泰(はるやす)、まあ、自分が付けた名前だけでも覚えててくれたし、ここも見つけてくれたからさ、いいよ。所詮僕らは零の寂しさを紛らわせるための道具だったんだし。零は、そういうヤツだった。」
 昔の零の話をACTIVEのみんなやいろんな人に聞くけどだいたい同じ評価。でもボーイフレンドとの関係は剛志くんしか教えてくれなかった。
「零は長男だから面倒見がよくてさ、いつも弟妹の話をしていた。その中でも毎回話したのは陸って弟さん、わけがあって離れ離れに育ったから可愛くて仕方ないと言っていたよ。一回はイク瞬間、陸と叫ばれたからな。あ、君の名前が陸かな?」
 れ・零!
「優季、わかってるのか?」
 優希さんは零ににっこり微笑んだ。
「ACTIVEのギタリスト、野原陸。野原裕二が二十歳の時に作った子供だ。母親は不明…ということになっているけど僕の勘だと零の母親だろ?二人は昔恋人関係だったらしいしね。だから零の言ってた離れて育った弟は陸くんだろ?」
「やけに詳しいな。」
 零は否定も肯定もしなかった。
「僕はホストだけどゲイだから。二丁目に行くのはイヤなんだ、物欲しそうで。女が嫌いなわけじゃない、女は都合のいい生き物だ。」
 ゲイだと芸能界に詳しいの?あとで零にきいてみよう。
「女の口説き方はどうでもいいんだ、男心を教えてやってよ。」
「零が教えてやればいいじゃないか、口説きのテクは零の足下にも及ばないからね。」
「今は、全然ダメなんだ。」
「ほーっ。陸一筋か。ならいいよ。」
 そのとき、優季さんはこっそり耳元で「零限定の」と囁いた。
「恋人をベッドに誘うときはさ、先に寝てればいいんだ。君だって無抵抗な人間を無理矢理自分のものにしてみたい欲求に駆られないか?そういうこと。」
 無抵抗…無理矢理…。
「既に立証済みだな。」
 れーいっ!
「なら…僕の恋人の話。」
 そのとき又、こっそり「零の話ね」と耳打ちされた。
「何でもやってほしいことの反対をすればいいんだ。」
 零が僕の腕をつかんだ。
「お前本当にナンバーワンか?役立たず。陸はもっとエロい。裸で尻振ってたり、抱いてくれと泣き出したり…。」
「ないから!」
 もう、いい加減にしてよ。
「陸くん、セックスがマンネリ?羨ましいね、愛されてるんだ。こんなところまで連れてくる零なんてあの頃じゃ想像も出来ない。僕はずっと一方通行でやるせなかった。二人乗り自転車を僕だけずっとこいでいて零は乗っているだけ、そんな感じ?」
 よく分からない例え話だな。
「零が優しくしてやれば解決だよ。最近、自分の欲望だけで抱いてないか?相手にも感情があることを忘れるな…僕だって…零に優しくして欲しかった、隣に居たかった。」
 零は振り返らず足だけ止めて、
「悪かった、身体だけの関係で」
と、呟いた。
「優希さんとは身体だけの関係だったんだ…。」
 なんか、やだ。
「どこか好きなところがあったからセックスしたんだよね?」
「髪の色…それから、」
 しばらく躊躇しているようだった。
「笑顔。」
 優希さんの表情が驚きに変わった。
「本当に?」
 優希さんが走り寄り零の前に立ちはだかった。
「本当に僕の笑顔が好きだった?」
「あぁ。」
 照れくさそうに語尾は消えそうだったけどちゃんと答えた。
「良かった、陸くんに勝てた部分が一つでもあって。」
 零は、微笑んで頷いた。


「ちが…ぜんっ…ぜ…」
 優希さんが言ったこと何も聞いてないじゃないか。
「優希の横で嫉妬してたじゃないか。」
 息を乱さず僕に楔を打ち込む。
「あんっ…う…」
 深く突き込まれて息も出来ない。
「僕は陸が好きだから。」
 零、違う。僕は優希さんが幸せな時間を零と過ごせたかが気になったんだよ。
 零とのセックスの最中に考え事しているのは、それだけ零に愛されてる確信があるからだよ。今は僕だけ見てくれている。
「イクッ」
 僕は零の背中に爪を立てた。
「くっ」
 息を詰め頂点に達した充足感に浸る。それが、愛する人の腕の中なら尚更だ。
 今、この瞬間にも幸せを感じることの出来る僕は幸せだ。

「ゲイだと芸能界に詳しいの?」
 息が整うのを待って先ほど疑問に思ったことを問う。
「違うよ、優希はゲイだから、僕が好きだと言いたかったんだ。他のボーイフレンドはバイ…の振りしたただの好奇心だったんだろ。だから自分は違う、何でも知っているって言いたかったんだと思う。」
 零はきっと前から知っていたんだ。だからわざと離れた。
 剛志くんとは…優希さんとは違う気持ちがあったんだろうな。
「零はなんで優希さんのところに僕を連れて行ったの?嫉妬する顔が見たかった?」
 なんだか言いづらそうに頭を掻いていたけど諦めて口を開いた。
「嫉妬させて大胆にさせるつもりだった。」
 大胆?
「自分から僕を欲しがるとか、脚を開いて待っているとか…でもそんなのは陸じゃない。無理してマンネリを打破しなくても良いって気づいた。マンネリってそれだけ二人の関係が平穏だってことだしね。ま、最近は色々あるけどさ。」
 ニッコリ、笑われた。だから釣られて笑ってしまった。

 翌朝。
「おはよう、陸。」
 聖が零より早く起きてきた。
「おはよう。朝ご飯今出来るからね。」
 今朝のメニューは目玉焼き、トマトとアスパラガスのサラダ、バケットのバタートースト。オレンジジュースにヨーグルトとバナナ。
 聖はちゃんとバターが塗ってあるパンを手に取るとトースターに放り込む。
「あー、又端っこ取っただろ?ずるいなぁ〜僕が端っこ食べたくて買ってきたのに。」
 ニヤリと勝ち誇った顔で笑う。
 聖は僕と同じでバケットの端っこが好きなんだ、変だよね。零は真ん中なのに。
「堅さ加減が丁度良いんだもん。」
 全く同感。
 でも聖は片方の端っこだけ持っていき、もう片方は残してあった。
「一個ずつ、ね?」
 あー、可愛い〜。両手が空いていたらまた抱きしめていたところだよ。
「えーっ、聖、なんで目玉焼きにマヨネーズかけてるのさ。」
「学校で教えてもらったんだよ。美味しいよ?」
「いやだー。目玉焼きは洋食のときは塩、和食のときは醤油。これだけは譲れない。」
「僕はソースだけど。」
 僕が聖に力説している間にやって来た零が、また余計なことを言い出した。
「陸、人にはそれぞれ好みがあるんだから、別にいいじゃないか。」
 うっ…。
「そりゃ、そうだけど。」
「そんなとこも好きだし。」
「えっ?」
 言うが早いか零は僕の身体を抱きしめた。
「陸はさっき、聖を抱きしめたいと思った、僕は今陸を抱きしめたい、そういうこと。」
 え?
「零くんはね、恋はタイミングって言いたいんだよ、ね?」
 聖はそう言うと食器を片付けで出掛ける支度を始めた。
「流石僕の息子だ、よく分かっている。」
「ホントに…」
 僕は零の言いたいことより、聖がそれを理解できたことに驚いてしまって動揺していた。
 ランドセルを背負って部屋から出てきた聖は、零にこう言った。
「零くん、タイミングって難しいね。いってきま〜す。」
 難しい?
「零…」
「はい…」
「詳しく、聞かせてね?オセロの所からかな?」


 零は、詰めが甘い。