| 「く…っう…はぁっ…」 これ以上、声は出せない。だから余計苦しい。
 「節操なしでごめん」
 零が耳元に囁く。
 僕は小さく首を左右に振った。
 だって僕も零を欲しいと思ったから。だから抵抗もしないで受け入れているんだよ。
 夜の観覧車。
 活動停止中…と言っても完全にやらない訳じゃない。アポがあれば林さんがスケジュールを入れる。
 久しぶりにテレビ番組に5人で出演した。収録が終わって、みんなと別れたあと、駐車場から車を出してふと見上げたらまだ観覧車が動いていたんだ。
 「乗りたい。」
 小さく、呟いた。
 好きな人と観覧車に乗るのって夢だったんだけど…子供みたいかな?
 「乗ろう。」
 零は躊躇わずにそう言うと車をUターンして忘れ物のような振りをして再びテレビ局の駐車場に停めた。そのまま真っ直ぐ観覧車に乗りに来た。
 暫く黙って外を見ていた僕を、背中から抱き締めると「してもいい?」と聞いてきた。
 僕は黙って頷いた。
 ガラス窓の手すりに両手を突っ張るとパンツのファスナーがチリチリ音を立てて開けられた。
 前技に時間を掛けられないので、零のバッグから出てきた潤滑剤のクリームが沢山塗り込められた。
 「あんっ」
 声を出して気付いた、結構篭もって跳ね返ってくるのでかなり恥ずかしい。
 零のお腹が僕の臀部に当たる音がパチンパチンと響く。
 「あ…ふ…ん…っ」
 膝がガクンと崩れる。
 二人とも意識は下半身に集中していた。
 「イクッ…ぅ」
 急いでペニスにハンカチを当てた。そこら中にまき散らすワケにはいかない。
 そして暫く後、零は中でイッた。
 なんとなく、エッチな匂いがする…。
 慌ててフレグランスを使ったけど効果の程は期待していない。
 
 
 「観覧車って、監視カメラが着いているんじゃなかったっけ?」
 え?
 帰路、突然零が恐ろしいことを言った。
 だけどこの間観覧車が落下したっていうニュースがあったけど、観覧車内の様子なんか映像で流れてなかったような…海外だったからかな?
 「犯罪があったらいけないから…とか聞いた記憶があるけどな。」
 「そうなの?」
 「さっきのみたいな…」
 う…確かに犯罪だ。
 野外での性行為は「公然猥褻罪」に問われるんだ。
 自分が所有する車の中でもいけないんだから当然観覧車もだめだろうなぁ。
 「…僕たちの少し前に剛志と斉木くんが降りたのはなんだろうか?」
 「まじで?ホント?」
 僕は何だか不安になって思わず斉木くんに電話をかけてしまった。
 「何かあったんですか?」
 斉木くんは必ず心配してくれるに決まっている。失敗した。
 「ううん、ごめん、聖にかけようとして間違え…」
 「あ、剛志?今観覧車乗っただろ?…した?…うん…」
 僕の横で零が剛志くんに電話を掛けていた。僕は慌てて電話を切って零を制止した。
 「なんでさ?監視カメラがあったかどうか聞いただけじゃないか?」
 「だって、…した…って。」
 「監視カメラはどうした?って聞いただけだろ?」
 「あっ」
 「スケベ」
 零の電話から剛志くんのもしもしを繰り返す声が聞こえていた。
 
 
 帰宅後、着替えてリビングでそれぞれビデオをチェックしたりメールチェックしたりしていた。
 「もうすぐクリスマスだけど今年は聖に何をプレゼントしようかな?」
 「今年はギターをあげたからやらない。もうサンタを信じている年でもないだろ?」
 「えー!」
 僕は思わず非難の悲鳴を上げた。だってクリスマスプレゼントと言ったら僕の楽しみの一つなのに。
 「もう少し突き放した方がいい。来年はツアーに出て聖を一人にすることが度々ある。出来るだけ慣れさせておきたい。」
 「それとこれとは別!」
 今年はコートを買ってあげて初詣でデートしようと思ったのに。
 「陸。」
 急にまじめな声で名前を呼ばれた。
 「前に言っただろう?聖は陸が好きなんだって。だからあんまり楽観視しないで欲しい。聖だって男だから。」
 何が言いたいのだろう?
 「聖は陸の抱き方を知っている。精通があったら抱きたいと思うはずだ…夾の二の舞はごめんだ。」
 僕には何も言えない。
 「…あきらちゃんに託してもいいとさえ考えている…僕は聖より陸を優先させてしまう、非情な男だ。」
 それきり黙ってしまった。
 「…僕は僕で零は零で聖は聖、それぞれ違う人間で自分の幸せを考える。だから零は僕に命令できない。」
 零の目に怒りの色が宿った。
 「どういう意味だ?」
 「僕は好きな人と一緒にいたい。聖がいなくなったら、零への気持ちが半減すると…言う意味。」
 「聖と僕はセットなのか?」
 「うん。」
 嘘だ。僕は零を愛している。これは変わらない。
 「それじゃあしょうがないな、不本意だけど、聖の恋は僕が引き裂くしかない。」
 え?
 「あえて邪魔をしようと言うことだよ。」
 「そんな、可哀想…」
 「じゃあ、陸は聖の気持ちを受け入れるのか?」
 「ちょっと待って!まだ聖は小さくて、そんな感情もてない。」
 「陸が僕に興味を持ったのは、小学校に上がる前じゃなかったかな?」
 「それとこれとは話が違う。」
 「違わない、聖は今、どうしたら陸が自分の方を向いてくれるか必死になっている。あいつは本気なんだ!」
 「僕だって!僕だって、本気だよ…いつだって零に振り向いてほしくて必死だよ?零は気づいてる?」
 言い争いが始まって初めて零が沈黙した。
 しかし直ぐに言葉を継いだ。
 「そうだよな、僕だって必死だ。だからこんなこと言っているんだ…」
 「そうだよね、ごめんなさい。」
 僕は素直に謝った。
 「だけど、聖のことは真剣に考えて欲しい。」
 「考えているよ。聖は手放さない。」
 「もし、聖が…いや、いい。陸の答えは分かっているんだ。」
 零が言いたいことも、僕の言うだろう答えも想像できた。
 「僕は…信じてもらえないかもしれないけど、零としか寝たいと思わないんだ。」
 「わかった…」
 それっきり、零は黙ってしまった。
 でも。僕たちは場所を考えないで言い争いをしてしまったことに後悔することになった。
 
 
 「零!」
 朝起きると、リビングに居たのはママだった。
 「聖が今日から家に来るって言っているけどいいの?」
 そこで初めて気づいた。夕べの話は全て聖に聞かれていたことを。
 「ランドセルに教科書を詰め込んで泣いているのを悟られないようにしていたんだけど。」
 「ごめん!今あきらちゃんに説明している暇はない。聖は?」
 ママは深いため息をついた。
 「今何時だと思っているのよ。とっくに学校へ出掛けたわ。」
 僕は担任の先生に会いに行くことにした。
 「陸、ご迷惑だからやめなさい。―まず、あなた達は聖を育てて行くつもりはあるの?」
 「ある。聖は―零と僕の子だから。誰が何と言おうと聖は放さない。」
 僕は間髪空けずに叫んでいた。
 「零は?」
 昨日の今日だ、零の気持ちがそんなに簡単に変わるわけないだろう。
 「僕も―聖が可愛い。なにをやっても自分に似ているし、わがままは言わないし、何でも自分でやろうと努力してから聞いてくる頑張り屋なところとか―でも聖にはやはり母親は必要だと思うんだ。僕たちのエゴで不憫な思いをさせているんだったら、あきらちゃんに託した方が良いのではないかと―」
 僕は今まで零を誤解していたかもしれない。ちゃんと聖に愛情を持っていた上での昨日の発言だったんだ。
 「バカね。聖はそんなに子供じゃないわ。あの子が一番大事にしているのは三人でピクニックに行ったときの写真。いつも嬉しそうに話してくれるのよ。誰よりもあなた達を欲している。私じゃない。」
 僕はいてもたってもいられなくなった。兎に角聖と話がしたかった。
 「やっぱり学校に行っ…」
 リビングのドアの向こうに小さな、見覚えのある人影があった。
 その時初めて気づいた、今日は…日曜日だ。
 零のシャツの袖を引くと、僕は無言で指さした。
 ゆっくり立ち上がるとドアの前に立った。
 「…愛してる。僕は陸と、聖を愛してるよ。」
 ドアがゆっくりと向こう側に滑りながら開いた。
 「良かった。僕、零くんに捨てられちゃうのかと思った。ね?僕のおうちはここだよね?ずっと、零くんと陸と一緒だよね?」
 零は縦に首を振りながら少し湿った声で「ああ、」と答えた。
 「ごめん、聖が寝ている横で僕は随分ヒドいことを言った。…陸も聖も、僕が守ると決めたんだ。何があってもあんなこと、考えるべきではなかった。」
 零はもう一度「ごめん」と言うと、聖を抱き締めた。
 「うちは駆け込み寺じゃないんだからね、全く。」
 プイと横を向いたけどそっと指で目尻に触れたのを僕は見逃さなかった。
 「あきらちゃん、」
 聖を抱き締めたまま、零がママの名を呼んだ。
 「裕二さんと涼ちゃんの提案、のんでもいい。」
 何?パパと涼さんって?
 「本当に?」
 「ああ。」
 「陸は?」
 「何のこと?」
 「陸には僕から話す。」
 えーっ!何だよ、一体?
 
 
 その日、僕たちは三人でドライブに出掛けた。
 「聖と、遊びに行ってなかったよな、最近。」
 「夏のツアーに一緒に行ったよ?」
 「あれは旅行じゃない。」
 運転席は零、助手席は僕、後部座席は聖。この場所は随分前から決まっている。ダイニングテーブルも入り口に近いところが聖、奥が僕、窓際が零なんだ。
 家には三人の指定席がある。
 「観覧車に乗りたい!」
 聖が言うので、海辺の街まで遠出した。流石に昨日のテレビ局横は無理だ。
 「聖は陸と好みが良く似ている。」
 零が聖の頭を撫でながら呟いた。
 「僕が陸の好みにあわせているんだもん。」
 と、自慢気に胸を張った。
 「聖。」
 僕は聖を抱き寄せた。
 「いつだって僕達は聖の味方だから。聖が大好きだから。忘れないで。」
 「うん。」
 腕の中で、声がした。
 「ママが言っていたのは同居のことでしょ?」
 聖を腕の中に抱き込んだまま零に問うた。
 「うん。正確には六世帯住宅を建てるんだ。裕二さんも涼ちゃんも両親と半同居出来る家が欲しい、ついでに僕らを抱え込みたいわけだ。だからもの凄い条件付きで提案した。」
 やっぱり同居するのか…。
 「僕らの家は完全独立した離れであること。合い鍵は渡さない、三人のプライバシーは守られること、干渉は一切しない…夾と陸が二人きりにならないこと…分かってる、でもダメなんだ。」
 すると突然聖が立ち上がった。
 「零くん!僕大人になったら陸をもらいに行くからね?陸、僕は陸が好きなんだ。」
 あ。
 「聖が…やっと、言ってくれた…」
 「気づいていたの?」
 「うん」
 「なんだ…じゃあ陸は?僕のこと好き?」
 「うん、大好きだよ。」
 「良かった。」
 とても嬉しそうに笑う聖を見ていたら、新しい一歩は必要なんだと分かった。
 そう、聖を僕みたいな人間にしたらいけないってこと。
 
 
 「陸、」
 年末恒例年越しライブのリハーサルで、剛志くんに呼び止められた。
 「観覧車でやったんだったろ?どーだった?」
 「な!」
 僕は返事も出来ないほど動揺した。
 「俺がしたかって聞いたら零、簡単に吐いたぞ。祐一は嫌がったけどな。陸は大胆だもんなぁ…」
 「はぅ」
 息を吸い込むことが出来ないほど動揺した。
 「陸?平気か?」
 「息っ」
 剛志くんが慌てて僕の背中をさすってくれた。
 「ありが…」
 「呼吸困難になるほど良かったのか?」
 「違う〜!」
 ったく。
 斉木くんと剛志くんが付き合い始めてから零との会話の主たる話題は、そんなことばかりみたいだ。
 「…零と下ネタしててもあいつ、聞いてないんだよな。陸だと敏感に反応するのにな。俺はいつまで経ってもお前に嫉妬し続けないといけないんだろうか?」
 剛志くんは僕に視線を合わすことなく独り言のように呟いた。
 「へー、そーなんだ。僕との会話の中心は最近ずっと剛志くんだけどね。今まで知らなかった剛志くんの一面をかなり教えられたよ。僕は剛志くんのこと何も知らなかったんだなぁ、と改めて思い知らされたよ。…僕が剛志くんに偏見を抱いていたことは良く分かったしね。」
 剛志くんの手のひらが、僕の頭上に優しく降りてきた。
 最近、剛志くんはよくこんな風に僕とスキンシップを持ってくれる。
 「俺も、そうだったしな。あいつに色々、お前のこと聞かされた。だから嫉妬するのかもしれない。」
 お互い様だね。
 「陸さ…あ、剛志さん、こんなところにいたんですか?斉木先輩が探していましたよ。」
 都竹くんの言葉を聞いた剛志くんは瞬く間に僕らの目の前から去って行った。
 「陸さんは零さんが探していました。」
 なんだろ?
 「都竹くん、観覧車ってさ…」
 「かなり話題になってますよ。」
 「え?」
 ニヤリ。
 都竹くんが不敵な笑みを浮かべた。
 僕は体中の血が一気に足下まで下がったような気がした。
 慌てて零を探すしか、方法が思い浮かばなかった。
 犯人をね。
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