| 「こんばんは」 侑の家に遊びに行く。
 随分久し振りだと歓迎されている感がある。
 侑は大学を卒業した後、東京で就職できずに実家へ戻った。
 一人暮らししてくれれば押しかけたのに、相変わらずぬるま湯に浸かっているので実家にいる。
 特に何をするでもなく、一時間ほど話をして帰る。
 それを週に一回、既に2か月続けた。
 
 
 
 「こんばんは」
 玄関で睦城の声がする。
 今夜は何の話をするのだろう。
 中学時代の話は共通しているのでわかるけど、高校時代の話は皆目わからない。っていうか、理解しようとしない自分がいる。
 睦城の学校の方が、ランクが上だ。
 そこに、劣等感がある。
 睦城と自分はずっと同じ土俵に立っているものだとばかり思っていたからだ。
 「睦城」
 「ん?」
 「お前、今何しているんだ?」
 「侑んちで話してる。」
 「ちが…っ…もういい。」
 「ごめん。鎌倉彫の職人見習い。」
 「え?」
 「高校卒業してからずっと。」
 「そっか…」
 俺は、睦城に二度、恋した。
 まさか鎌倉の駅で一目惚れした相手が睦城だったなんて…口が裂けても言えない。
 だから女装しても綺麗だったんだ。
 睦城がこんなに可愛かったなんて、全然わからなかった。
 本当はちゃんと見ていなかったんだろう。
 「侑は今の会社で何がしたいんだ?売り子?」
 「いや、俺は営業なんだ、本当は。でも会社の方針で1年間は商品知識を養うために店舗配属。」
 「へー」
 また、話すことがなくなって仕舞った。
 「で…侑の好きな人って…」
 きたっ、きたきたきたきたっ。
 「…聞きたい…のか?」
 「聞きたい…いや、聞きたくないか…でも…」
 俺の中でだって葛藤しているけど、当然お前だって悶々としているんだろう…と思ってしまう自分が嫌だ。
 睦城に好かれていると思っている自分が嫌だ。
 「東京から戻って来た日に、鎌倉駅で見かけた人」
 「何それ?」
 「だから…名前も知らない人」
 「片想い?」
 「うん」
 「そっか…」
 嘘は、言っていない。
 ただ、知らない人…ではない。
 それが睦城だって言ってしまうのが悔しい。
 だけど、今こう言ってしまったことで、自分で自分の首を締めているのではないかと思いもする。
 「その人は…女?」
 「それは…」
 それくらい、教えてやっても…。
 「お前、俺の趣向、解ってないのか?」
 「だって、信じてないもん。」
 「信じて?」
 「侑が、俺を好きだったって、信じられないから。どうせ、東京の大学へ行って女の子の彼女でも作ってイチャイチャしていたんだろ?どうせ…俺なんか…ずっとずっと、お前のこと考えて悶々と過ごしていたなんて…悔しくて…。」
 ごめん。
 その一言がどうして言えないのだろう?
 「睦城」
 「何?」
 「俺は…」
 初めて、睦城に告白する。
 「その、」
 「解ってる、いや今解った。ごめん。その人は男の人なんだね。」
 
 
 
 侑は、昔の俺が好きだったと言った。
 そう言うことか…。
 飛んだ勘違いだったんだ。
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