009.すれ違い
 仕事中、スマホにLINEの到着を告げる気配がした。
 裏に用事がある振りをして、諸先輩方(かしまし三婆…もとい三娘とも言う)に気取られぬよう席を外した。
【ごめん、金曜は先生の家に呼ばれた。泊まるだけなら木曜朝に鍵を預けるけど。】
 やっぱり、睦城だった。
 そして、もの凄くがっかりしている自分に呆れている。
 睦城は、別に来るなとは言っていない。ただその日の夕飯は食べられなくなったということだ。
【頼めるなら有難い】
 そう、返信した。



 さっきの返事が来た。
 作業の手を止め、スマホの画面を見る。
 …やっぱり俺が翻弄されている気がする。
 いや、泊まりに来て欲しいのは確かだ。
 だが。
 あの日の痛みは、忘れられない。
 侑に抱かれる嬉しさはあった。けど…猛烈に痛かったんだよ。
 身体が二つに裂けるかと思った。
 ワセリンと軟膏とコンドームと…ナプキンは恥ずかしかったから尿漏れパッドを買ってみた。
 それでも、怖い。
 いやいや、侑が必ず行動を起こすとは限らない。
 しかし。
 誘ったのは自分で。
 痛い思いをしたのも自分のせいで。
 侑を責めることは出来ないし、するつもりもないし、でも…してほしい気持ちも当然あって。
 けど…と、堂々巡りだ。
 先輩…といっても、侑の所と同じで10歳以上も歳の離れた人だ。その人がじっと俺を見ている。
「恋、だな。」
 は?
 なんて?
 今なんて言った?
 恋…って?
「いいなぁ、青春だなぁ…」
 おっさんおっさん…と、この時点で既にこの人を尊敬していないのがばれているが…時代遅れもいい加減にして欲しいんですけど?
「青春じゃないっす、愛なんです。」
 ふんっ、言ってやった…はっ、ドツボだ。
「いいなぁ、今時の若いもんは。愛だと言いきったよ。」
と、笑われた。
「なら俺の出番はなさそうだ。」
 そう言って仕事に戻ってしまった。
 失敗したなぁ…でもおっさんに相談したって、答えは出ない。
 相変わらずため息の数は減らなかった。
 こんな日は、仕事も捗らないから仕事場の外でも掃除してこよう。
 俺は彫刻刀を箱に片付け、ガサゴソと立ち上がると外へ出た。
 夕闇迫る街中で、ふと、気付いた。
 どうしてそんなに焦って怯えるんだろうって。
 最初から、やり直せばいいんだから。
 まず、手を繋ぎたい。
 キスをしたい。
 …抱きしめて欲しい。
 そこから始めればいいんじゃないか。
 なんだ、簡単なことだったんだ。



【先生に水曜日にしてもらったから金曜日大丈夫になった】
 睦城から再びLINEが届いた。
「何ニヤニヤしてるの?例の子?」
 おばちゃんたちが煩い。
 でも、確かにうれしい。
 やっぱり俺はあのまま、睦城のまんまのあいつが好きだ。
 よし、今週も仕事を頑張ろう。



【ごめん、今度は俺の方が本社に呼び出された。】
 侑からのLINE。
【でも遅くならないから絶対に行く。】
 あれ?翌日早いから泊まるんじゃなかったっけ?
 早いのは店なのかな?
【分かった、なら今回は俺が料理当番するよ。】
 剛速球の如く、返事が届く。
【絶対に行く】