| 仕事中、スマホにLINEの到着を告げる気配がした。 裏に用事がある振りをして、諸先輩方(かしまし三婆…もとい三娘とも言う)に気取られぬよう席を外した。
 【ごめん、金曜は先生の家に呼ばれた。泊まるだけなら木曜朝に鍵を預けるけど。】
 やっぱり、睦城だった。
 そして、もの凄くがっかりしている自分に呆れている。
 睦城は、別に来るなとは言っていない。ただその日の夕飯は食べられなくなったということだ。
 【頼めるなら有難い】
 そう、返信した。
 
 
 
 さっきの返事が来た。
 作業の手を止め、スマホの画面を見る。
 …やっぱり俺が翻弄されている気がする。
 いや、泊まりに来て欲しいのは確かだ。
 だが。
 あの日の痛みは、忘れられない。
 侑に抱かれる嬉しさはあった。けど…猛烈に痛かったんだよ。
 身体が二つに裂けるかと思った。
 ワセリンと軟膏とコンドームと…ナプキンは恥ずかしかったから尿漏れパッドを買ってみた。
 それでも、怖い。
 いやいや、侑が必ず行動を起こすとは限らない。
 しかし。
 誘ったのは自分で。
 痛い思いをしたのも自分のせいで。
 侑を責めることは出来ないし、するつもりもないし、でも…してほしい気持ちも当然あって。
 けど…と、堂々巡りだ。
 先輩…といっても、侑の所と同じで10歳以上も歳の離れた人だ。その人がじっと俺を見ている。
 「恋、だな。」
 は?
 なんて?
 今なんて言った?
 恋…って?
 「いいなぁ、青春だなぁ…」
 おっさんおっさん…と、この時点で既にこの人を尊敬していないのがばれているが…時代遅れもいい加減にして欲しいんですけど?
 「青春じゃないっす、愛なんです。」
 ふんっ、言ってやった…はっ、ドツボだ。
 「いいなぁ、今時の若いもんは。愛だと言いきったよ。」
 と、笑われた。
 「なら俺の出番はなさそうだ。」
 そう言って仕事に戻ってしまった。
 失敗したなぁ…でもおっさんに相談したって、答えは出ない。
 相変わらずため息の数は減らなかった。
 こんな日は、仕事も捗らないから仕事場の外でも掃除してこよう。
 俺は彫刻刀を箱に片付け、ガサゴソと立ち上がると外へ出た。
 夕闇迫る街中で、ふと、気付いた。
 どうしてそんなに焦って怯えるんだろうって。
 最初から、やり直せばいいんだから。
 まず、手を繋ぎたい。
 キスをしたい。
 …抱きしめて欲しい。
 そこから始めればいいんじゃないか。
 なんだ、簡単なことだったんだ。
 
 
 
 【先生に水曜日にしてもらったから金曜日大丈夫になった】
 睦城から再びLINEが届いた。
 「何ニヤニヤしてるの?例の子?」
 おばちゃんたちが煩い。
 でも、確かにうれしい。
 やっぱり俺はあのまま、睦城のまんまのあいつが好きだ。
 よし、今週も仕事を頑張ろう。
 
 
 
 【ごめん、今度は俺の方が本社に呼び出された。】
 侑からのLINE。
 【でも遅くならないから絶対に行く。】
 あれ?翌日早いから泊まるんじゃなかったっけ?
 早いのは店なのかな?
 【分かった、なら今回は俺が料理当番するよ。】
 剛速球の如く、返事が届く。
 【絶対に行く】
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