010.間違い探し
「お邪魔しま…」
「お帰りなさい」
 満面の笑みで睦城が俺を迎えた。
「一人暮らしだからさ、お帰りって、言ってみたかったんだ。実家にいるときも母親は専業主婦だから迎えられるばかりで。」
 父親が…と言いかけて口をつぐんだ。睦城の父親は、帰ってこない。やって来るのだ。
「それくらいでお前が喜ぶんならいくらでもやってやるよ。」
 うん、それくらいならな。
「実はさ…」
 照れ臭そうに俯くから何か要求されるのかと身構えたら、くるりと背を向けられた。
「俺さ、得意料理がないんだ。」
 へ?
「俺がって言ったけど侑みたいに凄い物は作れない。」
「職人なのに意外だな。」
「そっか?」
「訂正、睦城なのに…かな?なんでもそつなくこなすイメージ。」
「それは過大評価だ。俺は…何も出来ない。」
 とても寂しそうに俯いた。
 その姿を見て、無性に抱き締めたい衝動に駆られた。というか、駆るとか駆られる以前に勝手に体が動いてしまった。
「侑」
「睦城は、エライ。だから、泣かなくていい。」
 睦城は黙って俺の腕の中で固まっていたけど、徐々に力が抜けてきて、体重を預けてきた。
「ありがと」
 くぐもった声が…どうしよう、可愛い。
 そうなると今度はキスしたくなる。
 でも、今日は絶対に手は出さないと誓ってきたんだ。
 きちんと関係を確認してから。…それってやり直すの前提だな。
「もう、大丈夫?」
「うん」
 炊飯器がご飯を炊いている。
 電気ポットが湯を沸かしている。
 睦城がシンクに向かって…苦戦してる。
 …面白い。
「何か手伝おうか?」
「別に…手伝ってもらうことはないんだ。出来合いのものばかりだから。」
 そう言ってテーブルに並んだものは炊き立てのご飯と、インスタントの味噌汁と多分、向かいの惣菜屋で買って来たレンコンのきんぴらとかぼちゃの煮つけ。
「和食しか、残ってなかった。」
 …可愛い、本当に可愛い。
「実はさ、俺も得意なわけじゃ無いんだ。ただ鍋に野菜をぶっ込んで煮込むだけなら出来るの。鍋の素があるからさ。あとはカレーとシチュー。な?あまり変わらないだろ?」
 睦城は左右に首を振りながら、
「俺はそれも無理」
と、笑った。
「お前、可愛いんだなぁ。」
「え?」
「いや、可愛かったんだな」
 自分は中学・高校と睦城の何を見ていたのだろう。
「俺さ、今間違い探しをしているんだ。」
 睦城が準備してくれた夕飯を食べながら、自分の中にある睦城像について話した。
「お前はさぁ、勉強も出来たし、運動もそつなくこなしたし、苦手なものなんてないと思っていた。俺は睦城に対してコンプレックスがあったんだなぁって、今になって自覚した。だから俺の中にある睦城像と本物の睦城がどう違うのか見極めている。」
「それは…怖いな。」
「大丈夫、だって俺の中の睦城って一度壊れているから。」
 あ。
 これは言ったらダメな奴だ。
「壊れてるっていっても、」
「解ってる。俺だって侑のことちゃんと理解できていなかったって反省している。俺も間違い探し、した方がいいかもしれないな。」
「じゃあ、二人で間違い探しと料理の勉強しようか。」
「そうだね。」
「で、睦城に認められるようになったら、ちゃんと付き合おうか。」
「うん…え?」
「ダメ?」
「…う…うん、いいよ。」
 やっと、睦城の懐柔に成功した。