012.動揺
 お土産屋で一番若いパートのおばちゃんが、他の二人に聞こえないように囁いてきた。
「ねぇねぇ、元カノと朝通る同級生の男の子って兄妹?」
 何のことだ?元カノ?
「あっ」
 思わず声が出てしまった。
 そうだった、女装した睦城のこと、元カノって勘違いされたままだった。
「元カノじゃないんです、彼女は…」
 ん?兄妹?
「むつ…そう、朝通るあいつの双子の妹で、近所に住んでいたんです。」
「へー。よく似ているものね、あの二人。」
 やっぱり似ている…って同一人物だもんな。
 取りあえず同一人物とは認識されていないのかな?
「最初、彼女が男装しているのかと思ったわよ、彼。」
 ゲッ。つーか、逆だし。
 ちょっと整理しておこう。女装した状態で女の睦城に名前を呼んだか?いや、どうだったっけかな?
「むつきちゃん、だったよね、元カノ。彼は?」
 えっ、女の方に睦城って言っちゃった?
「いや、兄貴の方が睦城で妹の方が睦美です。時々間違えちゃうんですよ、似てるから。」
「そうだったの、へー。」
 大丈夫だ、軌道修正できた…けど。
「って、言ったら信じます?」
「うん。違うの?」
「他の二人には絶対に言わないでくださいね。」



 あれから一週間。彼女は本当に誰にも言っていないようだ。
 何故なら、あの翌日、パートの二人が帰宅して、店長と二人っきりになった時に、同じことを聞かれたのだ。
 だから同じように答えて同じように秘密を教えた。
 ただ…それから一か月間、三人が余所余所しい。



「美矢間くん、ずっと気になっていたんだけど。『元カノ』って女の子、あれ朝通る男の子が女装していたんじゃないの?」
 げっ!!最後の一人が核心をついてきた。
「な、ななな何でそう思うんんんですか?」
 動揺してどもってしまった。
「何となく。」
 女の勘は鋭い。
 他の二人は知らんふりをしているが、耳はこっちを向いている…のがありありと分かる。
 落ち着け、落ち着くんだ…。
 そう、二人に話したことをここで言えばいいんだから。
「実はですね、」
「やっぱりそう思うよね?」
「それしか考えられないよね?」
 二人が声を揃えて訴えてきた。
「ハッパ掛けたけど中学の同級生のお姉さんだって言うのよ?変だよね?」
「同級生のお姉さん、呼び捨てにする?」
「絶対に変っ!」
 熟女パワーはすごい…圧倒されそうだ。
「じゃあ、どんな答えだったら納得するんですか?大体私がウソを言っても仕方ないじゃないですか。」
「そりゃあ、そうだけど…」
 三人がブツブツ言い始めたその時だった。
「こんにちは。」
 当の本人が現れてしまった。
「また、お使い物頼まれたんですけど…」
「ねぇねぇ、キミに聞きたいんだけど。」
 おいおい、あんたたちお客にタメグチかいっ。
「美矢間くんって高校生の時、同級生のお姉さんと付き合っていたの?キミによく似た?」
「いや…僕は高校が別だから、よくは知らないですけど…彼女がいたのは、本当です。」
 ありがとう、睦城。勘が良くて嬉しいよ。
「それじゃ、三条、いつものでいいか?」
 ん?
 彼女らは睦城を「キミ」と呼んでいた。
 つまり…名前を知らない?
「三条くんって言うのね?」
と、囁き合っている。
 よし、これで「三条」と「睦城」が別々になったぞ。
 …早く研修終わらないかな…。