013.予想外
 えっ?と言う言葉も出なかった。
 一年間の研修を終え、本社に戻ったその日に営業所長に言われた一言。
「駅ビルに小さいけどスペースを借りられたんだ。だからそこの店長をやってくれるかな?勿論人手が足りないから営業もな。」
 つまり、週2日は店長として店に出て、残り3日は営業として商品を置いて貰えるように新規開拓をする…ということだった。
 折角、本社に戻れたのに。
 しかも、駅ビルじゃ、睦城に会えないじゃないか。
 …は!俺は職場に何を持ち込んでいるのだ。ダメだ、こんなんじゃ。
 でもさ、今度は店長だもんな、金を扱わなきゃいけないんだな。
 それが今の俺には物凄く重圧だった。



 新店舗の準備が始まった。
 毎日店に出る新入社員とそれぞれ1日ずつ入る先輩社員が5名。土日は高校生のアルバイトを使う。
 棚の搬入、レジやカウンターの設置と一週間で完了させないとならない。
 準備をしながら思う。なぜ先輩社員ではなくて俺が店長なのか。
「みんな断ったからだよ。」
 一番若い先輩社員が俺の疑問を表情で読んだらしくそう教えてくれた。
 なーんだ、ただの貧乏くじか。
 なんか…やる気が無くなってきた。



「全然連絡無いから、多分そういうことなんだろうとは思うけどさ。」
 左貝から、電話が来た。
「うん、そういうことなんだ。」
「おいおい、しれっと言うのかよ。」
「うん。」
 左貝は全世界にカミングアウトしているような正直な生き方をしている人間だ。…全世界は言い過ぎだけど。
「良かったな。」
「ありがとう。まだ友達止まりだけど。」
「は?なにそれ?」
「ま、生暖かく見守っててよ。」
「勝算が、あるんだな?」
「まあね。」



「睦城はさ、ちゃんと夢を持って職人を選んだんだろ?」
 左貝の電話を切った途端、侑からの電話。
「勿論。普通のサラリーマンだと肩身が狭いからさ、手に職を付けようと昔から考えていた。侑は違うの?」
「俺は…俺にも夢はあった。けどさ、全部受け入れられなかったよ。で、兎に角就職したいと言うだけで今の会社。…俺さ、接客が苦手なんだよ。」
 これは余程研修期間内にダメージが大きかったんだな…って結局甘えているんだけどさ。俺の方がちょっとだけ社会人の先輩だから忠告してやるか。
「あのさ、ウチの先生はさ、十年しか置いてくれないんだ、弟子として。十年経ったら工房を持たせてくれて、それでも修行したいとなったら授業料を払って習うんだよ。俺、あと五年で終わるんだ。工房持ったら売らないと食べていけない。俺の作品を売る手伝い、してくれないか?」
 暫く、沈黙があった。それから大きく息を吸い込む音がした。気づいてくれたのか?
「…俺、今の仕事頑張るよ。そして、小町通りに土産物屋を開く。二人でやろう!」
「ありがとう。」
 侑がやる気になったからには、俺も頑張らなきゃな。
 …左貝は肉屋の息子なんだけど、あそこのチャーシュー名物だから、卸してくれないか頼んでみようかな。
 それと、侑が東京へ行っている間に、中学の同級生に親の仕事を継ぐと決めて職人になった者、漁師になった者、農業に従事している者が結構いる。それも教えてやらないとな。