015.思いの外
「…帰るよ。今夜は。」
 不意に侑が立ち上がった。
 待て…と、喉元まで出掛かったけれど、ぐっと我慢した。
「うん。」
 追い縋っては元も子もない。
「すみません、私が突然訪問したせいでお二人の邪魔をしてしまったようですね。」
 おいっ、和海、余計なことは言うな!
「いえ、俺達は友達なんで別に邪魔なんてことは無いです。佐貝さんもお友達でしょうから積もる話もおありなのではないですか?」
 あー…怒ってる。
「いえ?」
 ん?和海、何を?
「私達、友達ではないです、セフレってヤツです。」
 侑の目が、大きく見開かれた。
「だっ…て、あ…そっか…すまん。」
「和海!俺、オマエとはヤッてない。」
 慌てて否定する。
「悪かった、纏わり付いて。帰る。」
「はい、さようなら。」
「和海!ややこしくなるだろ?いい加減にしてくれ。侑、違うんだ。」
 振り返った侑の瞳に、俺は映っていない。
「ごめん、今は何を聞いても頭に入らない。また時間を置いてから聞くよ。」
 そして、ふらふらと出て行ってしまった。
「和海、何!?」
 突然、抱き締められ、口付けられた。
 嫌だ、イヤ、助けてよ、侑。
「ごめん、忘れ物って…やっぱりな。」
 ドアを開けたまま、侑が立っていた。
「睦城の話を聞いてて惜しくなった?」
 そう言いながら間に入って俺と和海を引き離してくれた。
「さっき、睦城が好きだと言ったよね?それは片思いってことだろ?俺もさ、馬鹿じゃないから少しは分かるよ。」
 さっき?なんのこと?と、戸惑っていたら侑が気付いてくれた。
「ここに来たら佐貝さんが玄関に立っていた。話があると言われた。」
 そういうことか。
「俺さ、和海は友達だとずっと思っていた。だって俺が侑と上手くいかないと相談していたから。そう、ずっと友達としか思っていなかった。色々誘われたけど冗談だとしか思ってなかった。」
 和海の真っ直ぐな瞳が俺を見る。俺が苦手な和海の眼だ。
「高校に入学したら容姿から性格から理想の男性(ひと)が立っていたんだ、落とさない手はないだろ?唯一の汚点はそこにいる間抜けな男に一途だってことだけだ。睦城の想いを理解出来ない男に振り回されている睦城が不憫でさ、なんとか引き離して自分のものにしたいと三年頑張ったけどダメで、更に五年頑張ったけどこの有様。あとは直接的に邪魔をする…と、決めたのでよろしく。」
 は?よろしく?
「帰ってもらっていいんだけど。これから俺は力ずくで睦城をモノにするからさ。」
「わかった。俺は帰る。」
「え?ちょっ、侑っ、」
「出来ないから。」
「え?」
「本当に好きなら、大事な人が泣くようなことは出来ない。俺だって、今は睦城に手も足も出せない。はっきりと拒まれたから。」
 あ。
「違うんだ、拒んだんじゃない。いや…拒んだか…。だって、あの時…すっごく痛かったんだもん。幸せだったけど…痛いんだもん。」
「ごめん、それは俺が下手くそだからだ。そしてあれから何一つ進歩していないから同じ思いをさせてしまう…。」
 俺は侑の腕に飛び込んだ。
「それでも、いい。二人で色々考えながら、しよ?」
「ちょっと、待った。」
 あ、忘れてた。
「今日の所は俺が、帰る。」
 バッグを手に和海が玄関へ向かう。
「でも、諦めたわけじゃない。」
 そう言って玄関ドアから外へ消えた。
「睦城、良い友達だな。」
「うん、大事な親友なんだ。」
 和海の思いは俺の思いの外側なんだ。
「で?本当のところはしたの?していないの?」
 笑顔で聞くから、
「一回だけ。」
と、言ってやった。