017.合流
「調理師免許を取るには、二年間の実務経験か、学校を卒業しないといけないんだ。」
 自分の無知さ加減にがっかりする。
「そうしたら調理師免許を持っている人を連れてきたらいい?」
 睦城が簡単に問題をクリアした。
「…和海なんだけど。」
 前言撤回…したいけど今は喉から手が出るほどその資格が欲しい。
「よろしくお願いします。」
 そうだよ、彼が断わってくれれば…。
「了解、それじゃあ、よろしく。」
 …決まったようだ。



「食品衛生責任者と防火管理者は会社に入った時に必要だからと取ってある。」
 そうなんだ、一年間の店舗研修は資格を取得するために勉強したり講習を受けたり試験を受けに行ったりする時間を融通しやすいからだったんだ…と後から聞かされた。
 だから二年目はいきなり新店の店長にされてしまったんだよね。
「食品衛生責任者がいれば、調理師免許はいらないんだけどね。」
 佐貝くんがボソッと呟いた。
「え?そうなの?なら、いろんな料理が出せるんだ…ってレパートリーが少ないけど。」
「ならさ、金〜日で俺が来るようにして、月曜日を定休日にしたらいいよ。」
 えっと、何であんたが仕切るんだよ…と言いたいのだが、わざわざ来てもらうのだから文句は言えない。
 月曜日が定休日、火曜から木曜は基本的に俺が店にいる。睦城も工房にいるから、混んできたときは手伝ってもらう。金曜日は俺が休んで佐貝くんと睦城、土曜日は睦城が休んで佐貝くんと俺。この日に店を開けながら料理の手ほどきを受ける。日曜日は三人…と、とりあえずのローテーションが決まった。
「別に本格的イタリアンとか考えているわけではないんだ。鎌倉ってホテルが少ないから泊まりで来る人はそんなに多くない。だから、観光ものんびりではなくあわただしい。そんな時。ちょっと休憩ができる場所があったらいいだろ?ソフトクリームでもいいし、ソフトドリンクでもいいし、佐貝くんの実家の有名な焼き豚を使ったサンドイッチとか、本当に簡単なものを考えている。客単価は低くていいから、回転を良くしたい。」
 ここで二年頑張れば、調理師免許の受験資格も出来るし、一石二鳥なんだ。
 その時に会社から独立したいと思っている。



「侑。」
 佐貝くんが帰った後、睦城が神妙な顔で俺の前に座った。
「師匠が、今の実力だったら独立しても大丈夫だと太鼓判を押してくれたんだけど、あと一年、どうしても師匠に教えて欲しいと粘ったら、月に二回だったら見てくれるって言ってくれたんだ。だから迷惑かけるけど、定休日はそっちに時間を割くことになると思う。それと…、」
 睦城が俺を見る。
「隣の部屋が空いた。」
 ん?
「隣に、越してこないか?」
 …まだ一緒には住めないのか…。
「こっちを仕事部屋兼リビングみたいにして、そっちを…その…寝室にしたらどうだろう…いずれ、ね。」
 …
「友達なのに?」
「だから、将来的にってことで…」
「将来、昇格があるのか?」
「まぁ…和海よりは…」
 いない人間を引き合いに出したらダメだろう…と思いつつ、嬉しい気持ちが先に立つ。
「分かった、隣の部屋、借りよう。」
「坂の下からは遠いけどね。」
「俺は自転車を買おうと思うんだ。自転車通勤。昔、睦城と通った道を逆に通うことになる。」
「そっか、逆方向か…いいね。」
 坂の下だったら互いに実家の方が全然近い。
 けど。
 睦城と一緒にいたい。
 その為にここまで頑張ってきた。