| 「ごめん!気付かなくて!」 侑は俺への拘束を解くとニッコリと微笑んだ。
 「あ」
 そう、とったのね?
 「ばーか」
 一応、悪態をついた。
 「ごめん、もう少し待って。」
 それが侑の答なんだ。
 「それは、俺が重いの?」
 「重くない、全然軽いし!」
 ん?また?
 「そうじゃなくて!」
 「え?あ、そうか、や、違うし、その、」
 侑がしどろもどろになって否定をする。
 「今はさ、昔話で言うところの、まだ入口なのよ、桃太郎なら桃が流れてきたところ、かぐや姫なら竹を見付けたところ。そんな大事なときに睦城に優しくされたり溺れちゃったりすると、目的がぶれるからさ、今は仕事を頑張って将来睦城とイチャイチャ一日を過ごせるような、そんな日を夢見て頑張ろうって決めたんだ。」
 侑は俺なんかよりずっと、未来に視点を置いていたんだなぁ。
 「うん。ありがとう。」
 「睦城は満足のいく作品を作れるように精進してください。」
 侑は侑なりに俺の仕事を心配してくれていた。
 
 
 
 「これ、良さそうだよね。」
 大型文房具店に脚を伸ばしたところ、ポケットティッシュのケースとか名刺入れとかスマホを置く台、A6用紙を入れる箱…書損用紙をメモ替わりに使う時にストックするケースらしい…、リモコンケースなど、小さいグッズが色々あった。
 「他の店でも扱っているか見てくれば良かったな。」
 侑にしては手抜かりだったようだ。
 「ちょっと待ってて…」
 スマホで店名を入力し検索する。
 「名刺入れとリモコンケースを扱っている店はあるけどデザインを変えたら良いと思う。」
 「ICカード入れも良さそうだね。」
 横からのぞき込んでいた侑が俺のスマホに手を伸ばして少しだけスクロールした。その仕草に何故か男らしさを感じてしまい、異常に動揺している自分に焦る。
 「表の素材を変えて価格を抑えられないかな?」
 俺の動揺に気付かない侑はドンドン話を進めている。
 「こういったグッズを扱う会社に心当たりがないから調べてみる。」
 手帳を取り出すと、ICカード入れとメモをしていた。
 
 
 
 とりあえず定番ではあるけれど箸と根付、それと携帯用の靴ベラを作り始めた。
 何故この3つなのかというと、素材があることとそんなに作製に時間が掛からないことである。
 大きな作品はいつか展示会に出品できるようにコツコツと製作を進め、店に置くものは店にいるときに作ることとした。
 一日のうち一時間だけ、店で箸を作る工程を見せるのもウケた。
 徐々に俺の作品たちが世の中に散っていくのが嬉しかった。
 「いつか、眼鏡のつるとか作ってみたいな。」
 段々欲が出てきた。
 「睦城が作りたいものを作ってくれたら、俺は頑張って売るから。」
 今はここに置くのが精いっぱいだけど、いつか小町通の店に卸したりできたら凄いな…というのは侑には言わない。
 元々俺がこの道に進んだのは、会社勤めがしたくなかったから。
 日本の職人と呼ばれる人になりたかったから。
 でも別に芸術家を目指しているわけではないので、売れる品物をせっせと作り続けていくのは楽しい。
 俺の作品は…侑との合作で、子供たちだから。
 それが世界に羽ばたいてくれるのは嬉しい。
 
 
 
 ある日、侑が手帳を見ながらしきりに首を傾げている。
 「どうした?」
 「うーん…、このICカード入れって何だったっけ?」
 …侑ってこんなに天然だったかなぁ…ちょっと不安。
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