その日…正確な日にちも時間も覚えているけど一生誰にも言わない…は、突然訪れた。
「侑、話があるんだけど…あ、和海も一緒に居てくれるかな。」
そう言って閉店後の店内に大の男が三人残った。
「和海、長いこと店を手伝ってくれてありがとう。」
和海に向かって頭を下げる。
「侑、店の運営を今までありがとう。」
今度は侑に向かって頭を下げる。
「これ以上二人に迷惑を掛けられない。俺は手を引く。」
新しい商品はぼちぼち売れていた。でもやはり足を引っ張っている。
「ちょっと待ってくれないか?」
そう言ったのは侑。
「この店は睦城のために始めた店なのだから睦城が手を引くのなら閉店の道を辿るだけなんだがな。なあ?」
侑は和海に同意を求める。
「まあ、そういうことだな。」
「睦城、俺も話がある。会社を辞めた。つまり、移転だ。小町通りに行く。」
「それは、俺に性根を入れろということか?」
「そうだ。そして…同居も視野に入れてくれ。」
侑は敢えて同棲と言わず同居と言ったのだろう。
「家賃も節約するんだな?」
「そうだ。職場で有り仕事場で有り生活の場になる。」
「睦城、俺は実家に戻る。」
和海が立ち上がった。
「もう、大分前に判っていたけどさ。睦城が惚れたヤツは惚れるだけの価値があるヤツなのが判ったからな。」
侑が和海に頭を下げた。
「俺が至らないばかりに左貝には迷惑を掛けた。仕入れは引き続き行うからこれからもよろしく頼む。」
「判った。」
和海は話は終わったと、去って行った。
「侑。」
「なんだ?まだ話があるのか?」
「うん。その…俺を…その、直ぐでなくて良いから…ね…だから…」
なんと言ったらいいのだろう?
居ずまいを正し正座をして両手をついた。
「侑の、伴侶として側に居させてくれないか?」
…
…
…
侑からの返事はない。
「ダメなら…」
言い終わる前に抱きすくめられた。
「嫁に、来るか?」
「嫁ってガラじゃない。」
「なら、婿でもいい。どうせ紙は出しても戻される。なら形式には囚われない、俺達なりの未来を目指そう?」
俺は侑の腕の中で頷いた。
何度も、何度も。
「それと、もう少しこの場所で頑張らないか?」
はっきり言って続けるつもりがなかったからこの場所でも厳しいのに、小町通に何か行ったら二人で這う這うの体で戻ってくるのが精いっぱいだ。
「まぁ…俺が辞めたから会社もここは引き払うそうだし、俺が契約をし直せばいいだけなんだけど…それでいいのか?」
「いや、俺は鎌倉彫で製作も販売もやる。なんなら教室をやってもいい。侑は喫茶の方にだけ力を入れてくれればいい。」
考えたんだ。どうして俺の作品が売れないのか。
作品と思っているからだ。商品として扱わなければいけないんだ。
二人で折角売れそうなものを見に行ったのに、俺は売る努力をしていない。芸術家でもないのに。
…とは、侑にはまだ言えない。
「じゃあ、御成町のアパートを引き払って、ここに越してくる手配をして、一階を少し改装しよう。」
ぼんやりと考え事をしている俺に、侑がそう告げた。
「侑、不束者ですけど、よろしくお願いします。」
今まで散々待たせてきたのに、抜け抜けとこんなセリフが言えるな…と自分で思ったけど、いつかこのセリフが言いたいと、夢に見ていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ニッコリ笑って返事をくれた。
侑の何を好きになったのかはもう覚えていない。
けど、侑に俺の存在を認識してもらってからはわかる。
何時だって俺に対しては優しかった。
今だって、こう、目を閉じて待っていたら…。
「それでさ、アパートの不用品だけど…」
おいっ。 |