022.夏休み
「思い切ってこっちは夏の間、休もうかと思う。」
 開店準備の掃除中、睦城が手を止めてそう言った。
「今のうちに小物を沢山作って在庫にしておくよ。」
 ふと、創作意欲が欠如しつつあるのではないかと気付いた。
「ならさ、少し早めに夏期休業にして、何処か旅行にでも行かないか?…新婚旅行…って感じで。」
 新婚と言っても相変わらず床入りはしていない。睦城からクレームも入っていない。
「旅行先で初夜?ま、二度目だけどな。」
 あ、クレーム…。
「睦城は、セックスしたい?」
「半々。痛いのは辛いけど…ま、それは夜にでも…。」
 開店時間が迫っていた。
 睦城はせっせと掃き掃除をしている。
 どうしても木を削っているからゴミが多い。
 でも、そのお陰で店内はいつも木の香りがしていて気持ちいい。
 外では忙しなく蝉が鳴いている。



「どこへ行きたい?」
「山」
「また山?」
「だって海はずっと見てきたから。」
 確かに。
「箱根で部屋風呂がある宿、どうかな?」
「いいね。あ、そうしたら寄せ木細工を見に行きたい。」
 折角の休みなのに、仕事が頭から離れないらしい。
「なら俺は旅行とは別に東京行きたいな。コーヒー豆と紅茶の茶葉を見に行きたい。」
 なんだかんだ言って、結局俺達は仕事優先。
 もう少し軌道に乗ったら、何も考えずにボンヤリ夏休みを過ごせるかな?



 お盆休みを少しだけずらした平日三日間、店を休んで箱根の温泉に来た。
 到着早々、芦ノ湖で寄せ木細工の店を見付け店員にいろいろ質問をしていた。
「足がパンパンだね。」
 宿に着くと畳の上で両脚を投げ出し自分でマッサージしている。
「揉んでやろうか?」
「ううん。それより早くお風呂入ろう?」
 ちょっと待て。
 これは誘われているのだろうか?
 でも、二人で旅行しているのだから一緒には当然ありだろう。
 しかし…。
 俺はなんでこんなに動揺しているんだ?
 プロポーズしてO.K.もらって一緒に住んでて寝起きも職場も一緒で、なんで…。
「お風呂に一緒に入るのは修学旅行以来だよね?」
 俺の考えていたことを読んだかのような的確な回答が届いた。
 修学旅行と言ったら中学、中学と言ったら10年以上前?
「ほら、早く支度する!」
 睦城はさっさと浴衣に着替えてバスタオルを手にし、俺を急かす。
「…大浴場?」
「うん、部屋風呂は何時でも入れるから先ずは大浴場に行こう。」
 確かに、その方が免疫がついて良いかもしれない。
 …免疫ってなんだよ。
 睦城は俺のバスタオルも手にして、ドアの前で館内履きを履いて待っていた。
「お待たせ。」
「…侑、」
 睦城が突然俯いた。
「なんだよ?」
「浴衣、似合う。」
 なぜか片言の日本語。
「…あ、ありがとう。」
「う、うん。」
 そして二人で俯く。
「そ、そうだ、今度侑用の寝間着は浴衣にしよう。」
「なら睦城も浴衣にしなきゃ。藤沢のデパートに買いに行こう。」
「そうだね。」
 どうでも良い会話をして部屋を出た。
 睦城は鍵を閉めながらバスタオルを俺に手渡す。
「持ってて。」
「うん。」
 一体、他の人には俺達はどんな風に見えてるんだろう。
「温泉って子供の頃、親と行ったきりかなぁ?」
「俺は大学の時、サークルの旅行で行った。」
「そうだよ、侑は大学行ったじゃん。大学ってなんか自由なイメージだよね。」
「そうかなぁ?」
 意外と忙しかったけどな…デートとか…とは言わない。
「夏休みは帰ってこなかったよね?」
「お盆前後に一泊で帰ってきてた。あとはずっとサークル活動費を捻出するためにバイト。」
 それも嘘だ。帰ると睦城に会うから避けてバイトをしていたんだ。
「俺もお盆休み以外はずっと先生の所で掃除していた。最初の二年は先輩もいなかったから先生と年中二人っきり。それこそ手取り足取り教えてもらったなぁ。」
 俺は、何て身勝手なんだろう?その時は自分から避けていたのに、睦城の話に嫉妬している。
「先生は睦城が可愛かったんだろうな。」
 その途端、睦城が赤面した。