「思い切ってこっちは夏の間、休もうかと思う。」
開店準備の掃除中、睦城が手を止めてそう言った。
「今のうちに小物を沢山作って在庫にしておくよ。」
ふと、創作意欲が欠如しつつあるのではないかと気付いた。
「ならさ、少し早めに夏期休業にして、何処か旅行にでも行かないか?…新婚旅行…って感じで。」
新婚と言っても相変わらず床入りはしていない。睦城からクレームも入っていない。
「旅行先で初夜?ま、二度目だけどな。」
あ、クレーム…。
「睦城は、セックスしたい?」
「半々。痛いのは辛いけど…ま、それは夜にでも…。」
開店時間が迫っていた。
睦城はせっせと掃き掃除をしている。
どうしても木を削っているからゴミが多い。
でも、そのお陰で店内はいつも木の香りがしていて気持ちいい。
外では忙しなく蝉が鳴いている。
「どこへ行きたい?」
「山」
「また山?」
「だって海はずっと見てきたから。」
確かに。
「箱根で部屋風呂がある宿、どうかな?」
「いいね。あ、そうしたら寄せ木細工を見に行きたい。」
折角の休みなのに、仕事が頭から離れないらしい。
「なら俺は旅行とは別に東京行きたいな。コーヒー豆と紅茶の茶葉を見に行きたい。」
なんだかんだ言って、結局俺達は仕事優先。
もう少し軌道に乗ったら、何も考えずにボンヤリ夏休みを過ごせるかな?
お盆休みを少しだけずらした平日三日間、店を休んで箱根の温泉に来た。
到着早々、芦ノ湖で寄せ木細工の店を見付け店員にいろいろ質問をしていた。
「足がパンパンだね。」
宿に着くと畳の上で両脚を投げ出し自分でマッサージしている。
「揉んでやろうか?」
「ううん。それより早くお風呂入ろう?」
ちょっと待て。
これは誘われているのだろうか?
でも、二人で旅行しているのだから一緒には当然ありだろう。
しかし…。
俺はなんでこんなに動揺しているんだ?
プロポーズしてO.K.もらって一緒に住んでて寝起きも職場も一緒で、なんで…。
「お風呂に一緒に入るのは修学旅行以来だよね?」
俺の考えていたことを読んだかのような的確な回答が届いた。
修学旅行と言ったら中学、中学と言ったら10年以上前?
「ほら、早く支度する!」
睦城はさっさと浴衣に着替えてバスタオルを手にし、俺を急かす。
「…大浴場?」
「うん、部屋風呂は何時でも入れるから先ずは大浴場に行こう。」
確かに、その方が免疫がついて良いかもしれない。
…免疫ってなんだよ。
睦城は俺のバスタオルも手にして、ドアの前で館内履きを履いて待っていた。
「お待たせ。」
「…侑、」
睦城が突然俯いた。
「なんだよ?」
「浴衣、似合う。」
なぜか片言の日本語。
「…あ、ありがとう。」
「う、うん。」
そして二人で俯く。
「そ、そうだ、今度侑用の寝間着は浴衣にしよう。」
「なら睦城も浴衣にしなきゃ。藤沢のデパートに買いに行こう。」
「そうだね。」
どうでも良い会話をして部屋を出た。
睦城は鍵を閉めながらバスタオルを俺に手渡す。
「持ってて。」
「うん。」
一体、他の人には俺達はどんな風に見えてるんだろう。
「温泉って子供の頃、親と行ったきりかなぁ?」
「俺は大学の時、サークルの旅行で行った。」
「そうだよ、侑は大学行ったじゃん。大学ってなんか自由なイメージだよね。」
「そうかなぁ?」
意外と忙しかったけどな…デートとか…とは言わない。
「夏休みは帰ってこなかったよね?」
「お盆前後に一泊で帰ってきてた。あとはずっとサークル活動費を捻出するためにバイト。」
それも嘘だ。帰ると睦城に会うから避けてバイトをしていたんだ。
「俺もお盆休み以外はずっと先生の所で掃除していた。最初の二年は先輩もいなかったから先生と年中二人っきり。それこそ手取り足取り教えてもらったなぁ。」
俺は、何て身勝手なんだろう?その時は自分から避けていたのに、睦城の話に嫉妬している。
「先生は睦城が可愛かったんだろうな。」
その途端、睦城が赤面した。 |