027.職人


「す、すすむっ」
 慌ててしまってひらがなになってしまった。
「どうした?」
「今、いまね、東京のデパートから電話があった。」
 自分の作業スペースで黙々と作業をしていたら、突然スマホが電話の着信を告げた。
 見知らぬ電話番号に不信感を抱いたが、仕事用なので無下には出来ない。
「その電話に出たら、日本の職人展っていうのをやるから2日間職人として出店しないかって。」
 侑は特段喜んでいる風も困っている風も見せない。
「どう…かな?」
 恐る恐る問いかける…俺としてはいいチャンスだと思うんだけど。
「…俺が、話を詰める。」
 侑は俺が先方からの話を書き留めたメモを見ながら電話番号を確認する。
「確かに東京…だな。」
 03で始まっているしね。
 掛かってきた仕事用のスマホから侑が電話を掛けた。
「お世話になっております、はい、営業担当の美矢間と申します。」
 そうだ、侑は前職が(一応)営業だった。
「企画書をメールで送ってもらえますか?」
 流石元営業、俺は職人一筋なのでそういうことには気が回らない。
「この人、ウチの店に来たことがあるらしいんだけど記憶にある?睦城に質問したらしいよ。」
 俺に話し掛けてくる人は少ないから覚えているけど。
「どの人だか判らない。」
 ここ二週間に男性からは五人声を掛けられた。女性は三人。
「この道に入って何年だとか誰に教わったとか聞かれた人。」
「それなら先週の火曜日に来た中年の小綺麗な人かな。」
 紺のスーツにイルカ柄のネクタイをした人だ。
「丸盆の仕上げ段階に声を掛けられて迷惑だなぁと思ったから覚えている。」
 まさかとは思うけど、侑は俺が男に興味を抱いていると思ってる?俺は侑だから好きなのに。
「ごめん、そういうつもりじゃ、ない。」
 俺の思いを汲み取ってくれたらしい。
「うん、判ってる。判ってるけど、疑った。」
「何を、」
「それ、聞く?」
 侑は俺から視線を外す。
「単純にヤキモチ。それだけだよ。」
 え?
 そんなことでヤキモチ焼いてくれるの?
「へー。」
「へー、じゃねーよ。」
 相変わらず視線は外したままだ。
「あ、メール来た。」
 タイミングが良いのか悪いのか。
 スマホでPDFファイルを捲りながら企画書に目を通す。
「明日、この人に会ってくる。店は休みにしてもらって大丈夫だ。…いや、一緒に、行く?」
「うん、行く。」
 俺が一人で独立していたらきっと何も出来なかった。
 侑が一緒で本当に良かったと思った。
「睦城、」
「ん?」
「近いうちに、睦城の家に行かないとな。」
「…侑の家にも。」
「うん。」
「よし、仕事だ。」

「メールと電話で良かったんだけどさ、睦城が一人で行くんだからさ、きちんと確認しておきたかったんだ。」
 侑は帰り道、そう告白した。
「イベントをやるデパートを見に行く?」
「うん」
侑、甘やかしてくれてありがとう。
 頑張るよ。
「そのついでに上階のレストランで御飯食べていこう。」
 侑は俺の母親に何を言うんだろう?
 俺は侑の両親と姉に何を言うんだろう?
「一人じゃ不安?」
 侑が問う。
「ううん、それは平気。だってさ、俺、鎌倉彫作ってる職人だよ?何処で作業しても変わらないし。」
 笑顔を作る。
「でも、睦城は人見知りだし。」
「そんなにいつまでも子供じゃ無い。」
 本当は初対面の人間は苦手。けどかなり鍛えられた。それもこれも店のお陰だ。
「文箱とお盆なら定番だよな?」
「そうだな。」
 催事を行うデパートのレストランフロアで、和食レストランを選んで入った。
 侑はとんかつ定食、俺は生姜焼き定食。
「いつも魚だからな。」
 侑が笑う。
 休みの日に、腰越まで出掛けて魚や干物を仕入れてくる。
 野菜は鎌倉まで行って三店舗あるスーパーマーケットのいずれかで購入。
 テレビで良く映る市場は最近高くて手が出ない。
 大体庶民的な東急ストアが定番だ。
 時々稲村ケ崎駅の前にある今市スーパーへも行く。あそこは車が停められないので散歩ついでに行くことが多い。
 肉は時々、本当に時々長谷駅前の肉屋で買う。
 すっかり観光地になってしまったので生活用品を購入するのは大変だ。
「侑。」
「ん?」
「家の母親、いずれ一緒に暮らしたいんだ。」
「うん。だから、行くんだろ?」
 侑だってお姉さんはいるけど長男だ。
 考えていたら料理がやって来た。