029.公と私
 【東京】という魔法は、物凄い威力を持っている。
 デパートに、たった3日出展しただけで、お客さんが朝から引っ切り無しにやってくる。
 睦城の作品を買いに来る人がほとんどだが、中には俺たちに会いに来る人もいる。
 「デパートでお見掛けして、是非お店に伺いたいと思って来ちゃいました。」とか。
 奇特な方々なので、お礼を言っておいた。
 俺はそれでも全然大丈夫なのだが、睦城は作業をしながらの応対だから、かなり疲れるらしい。夜はすぐに寝てしまう。
「相談なんだけど。」
 思い切って、打ち明けた。
「姉にもう少し手伝ってもらって、睦城はここで作業をしたらどうだろう?そうすれば、気を遣わなくていいだろ?姉が手伝えない日だけ、下で作業したらいい。」
 睦城は物凄く時間を掛けて考えた。
 考えた結果は「じゃあ、そうしてもらおうかな」だった。
 姉に手伝わせるのには、訳がある。
 睦城を知ってもらうためだ。
 中学の頃、家で時々会っていたが、話をする機会はなかった。
 なので、せっかくの機会だから、睦城がどういう人間か、理解してほしいんだ。
 その上で、味方につける。


 しかし。
 姉の言動から、俺たちの関係をうすうす感づいているらしく、ガンガンと牽制球を投げて寄越す。
 最終的には、彼氏もいないくせに、絶対に嫁に行くから、家には入らないとのたまわって、仕事を放棄した。
 実家で、定職にもつかず、音大出をいいことに、ピアノ教室の看板を掲げても、生徒はたった二人しかいないくせに。
「そっか、お姉さん辞めちゃったんだ。」
 睦城は別に動じることなく、むしろ薄らと笑っているように口角を上げている。
「どうしたの?」
 ずっと、顔を見ていたので、不審に思ったようだ。
「いや、今日も可愛いなって。」
「ばーか。可愛いとか言われて、オレが喜ぶと思ってんのかよ?」
 睦城は、照れると言葉遣いが悪くなる。他にも、怒ったときは当然だが、困惑しているときも同様に、悪くなる。
 そんなことを見付けていくのも、楽しい。
「侑は、」
 そこで言葉を区切る。
「俺がどうした?」
「何処で公私を切り替えてる?」
 公私を切り替える?
「じゃあ…いつ、俺のこと考えてる?」
「四六時中」 
 顔を見なければ、頭の中で思い描き、寝ていても夢で逢えたらと願うくらい…言わないけどって、既に言ったか。
「…俺も…だから、克服したい。近くに居たいから。」
 …言わないけど、やっぱり可愛い。
「…可愛いって思ってるだろ?だからお姉さんにバレるんだよ。先に言っておいた方が良かったと思うよ。」
 え?ダダ漏れてた?
 じゃあ、普段も店で漏らしてる?
「お客さんも?」
「それは平気だと思うよ。」
 今度ははっきりと笑われた。
「一緒に居ても、不自然じゃないように…」
「不自然?なにが?」
 そう言って、気付いた。
 再会した頃、睦城が同じようなことを言っていた。
「いいよ、不自然でも。周りが羨むくらい、ラブラブでいようよ。」
「いいのか?」
「ああ、構わない。」
 今更隠し立てしたって、事実なんだから仕方ない。
「侑、ありがとう。」
 睦城に名を呼ばれて、気付いた。
 俺達はずっと、苗字ではなく名前で呼び続けているじゃないか。
「なにを今更…愛してるよ。」
 そう言って、抱き締めた。
 公私共に、一緒に歩いて行こう。


 と、決意した翌日。
 また、睦城の仕事用の電話に、連絡が入った。
「今度は、夕方のテレビ番組の取材だって。」
 俺ではなく、睦城に直接連絡があるってことは、睦城がターゲットなんだな…。
「早く、職場と住まいを分けられるといいね。」
 ぽつり、睦城が呟いた。