030.もやもや
 夕方のニュースは、半分ワイドショーのようなもので。
 そこに、睦城が出演した。
 それを承けるようにして、別の局の、別の時間帯の番組に出演が決まり、またまたそれを承けて、別の番組に出演した。
 そんなことが何回か続いて、雑誌にも取り上げられたら、店内には睦城を愛でるために集まった人が、大勢いた。
 愛でるためだけの、人。
 朝から店内の交通整理に追われる日々が続き、遂に睦城は店に出ないことにした。
 すると今度はクレームの嵐。
 仕方なく、店は休業とした。
「睦城、これはいい機会だから、この際、この店は週末だけ、喫茶店にして、平日は睦城がここで作業をしてくれ。俺は、海側にある飲食店で、バイトをしてくる。」
 俺は、鎌倉彫の位置する場所を、履き違えていた。
 これは、芸術作品であって、土産物ではない。
 睦城には、職人ではなく、アーティストになって欲しい。
と、告げたところ、
「俺は、職人だよ。」
と、返された。
「万が一、アーティストになるんだったら、職人としての腕を磨いて、芸術性を高めていく…ってところかな。だから、明日から店を開こう。」
 そこで、店のレイアウトを少し変えた。
 店の奥に睦城の作業スペースを設置し、その前に商品を置く。出来るだけ、喫茶スペースを広げ、注文しないと入り難いレイアウトに変更した。
「自分の持ち場は自分でどうにかする」
という、ルールを作った。
 きっと、睦城は自分で作ったものを、きちんと送り出したいのだろう。
 最近は、卓上シリーズと銘打って、筆入れ、硯箱、ごみ箱、ポケットティッシュケースなど、実用性の高いもので、安価なものとクオリティーが高い少し高額なものを作っている。
 俺は最近、紅茶に力を入れているので、紅茶専門店のようになっている。ワンドリンクに、前職のお土産として売られている、菓子類を数点添える。これは許可をもらって仕入れていて、購入は鎌倉駅の御成通り店へ…と勧める。ウチでは売らない。
 土産物を売るのは、辞めた。
 いろんなものに手を広げると、収拾がつかなくなる。
 売るものは、睦城の作品と、ドリンク。これだけ。
 でも、相変わらず、睦城の周りには、若い女性が集っていて、分かっていてももやもやしてしまう。
 そんな時は、こう考える。
 ―彼女たちが、それぞれ一点ずつ購入してくれれば、次の材料費につながる―
 事実だけど、こんな考え方は、なんだか切ない。
 仕事中は、紅茶のことだけ考えよう…それも切ないが。
「あっちのお兄さんは有名人みたいね。」
 テイクアウトの会計をしていたところ、お客さんに声を掛けられた。
「はい、ニュース番組で取材を受けてから、お客様が増えまして…。」
「通路側に壁を付けて、会計時だけ、お兄さんの顔が見えるようにしたら?彼、仕事やり難そうだもの。それに…」
 お客さんは、俺の顔を見た。
「キミがずっと苦虫を噛み潰したような顔、しているしね。」
 俺は、お客さんの目を見た。
「何となくよ。他の人は気づいていないと思う。だってお客さんたちずっとキミのこと見ているけど、全然気付いていないみたいだから。」
 え?
 お客さんが見ている?
「お笑いコンビがいたら、必ずどちらにもファンがつくのよ。店にイケメンが二人もいたら、どちらにもファンがつくの。」
 いやいや、睦城にファンがつくのは十分に分かる。けど、俺に?
「かく言う私は、お兄さんのファンで通っているんだもの。」
 最後に「また明日」と言って帰っていった。
 そうか。蓼食う虫も好き好きって言うもんな。
 もやもやの解決方法を探ってみるか。

 因みに。
 睦城にこのことを話したら、この間の催事でも、俺目当てに来ていたお客さんが、結構いたと言われた。
 それは、惚れた欲目じゃないか?
とは、言わなかった。