031.回り始める
「日曜日だけ、手伝ってやる。」
 ヤケに上から物を言うヤツだな…左貝は。
「そうすれば、睦城が作品作りに専念できるだろ?」
 確かに。
「でも、左貝くんだって、実家の仕事が忙しいんだろう?」
「日曜は休みなんだ。」
「わざわざ休みを潰さなくてもいいよ、気持ちだけ受け取らせて貰うから。」
「邪魔しに来るんだよ!」
 そう言うと、俺を背後から羽交い締めにした。
「いつから、そういう関係になった?」
「いつからって…かなり前から…」
「…わかっていても、悔しいな。」
 そう言いながらも、左貝は理解してくれている。理解した上で睦城の才能を買ってくれているんだ。


「え?」
「だから、お母さんの刺繍と私のマスコットを置かないって言ってるの。」
 散々悪態をついて辞めていった姉が、平日の二日と土曜日に手伝いたいと言ってきた。
「お母さんの趣味の刺繍を、家に積むのではなくて、誰かに使って欲しいんだって。私のマスコットも世界で一つだから良いんじゃない?」
 母の刺繍は、まぁわかる。でも、姉のマスコットは、現実にいるキャラクターがモデルだから、問題があるんだ。
 そうしたら、いつの間にか鎌倉のハトとリスを作れるようになったらしい。
「可愛いじゃん。」
「でしょ?」
 それぞれ少しずつ、自分の欲求を満たすために、店の手伝いを始めた。
「みんな優しいね」
 睦城は呑気だ。
 善意だけで人が寄ってくるわけがない。
 左貝くんは睦城と俺の関係が気になる、姉は睦城の人気に便乗して自分の作品を売り込みに来たんだ。
 あんな素人作品、売れるわけがない。


 売れた。
 驚くほど売れた。
 なぜだ?
 なにがウケたんだ?
 判らない。
「だって、可愛いよ?」
 睦城は呑気だ。
「うちの店の死活問題だぞ?」
「う…」
 ん?どうした?
「実は、うちの母親も…」
 どうやら今、この近辺では主婦が手芸をするのが流行っているらしい。
 まぁ、昔ドラマを撮影していた関係で、その主人公が一家で近所に移り住んできている。そこの奥さんが趣味が高じて実益に転じた実例があるからなぁ。
 でも相手は芸能人だし。
 こっちは素人だし。
 一体、何があったのかと思っていたら、睦城の作品じゃ、高くて買えないから、リーズナブルで手作り感満載なのが良いのだそうで…とは、件の常連さん談。
 お蔭で、俺も夜鍋で作品作りに終われる始末。
 遂に睦城も根付を作り始めた。
 一体、どうしてこんなに観光客がこの店にやってくるのか、皆目見当が付かない。
 結局、姉の友人からにも作品作りを依頼する羽目になった。
 実家の近所中で、ハトとリスのマスコットを作っているという、大騒ぎになってしまった。
 でも。それでやっとうちの店が回り始めたのも事実。
 睦城の根付も、練習…と言ったら失礼だけど、量産できるから質も上がっていくという、棚ぼた状態。
 もっと、睦城に作品作りに集中できる環境を作ってあげたい。でもそれは今のところ難しかった。
 睦城もだけれど、俺の紅茶を淹れる腕前も、相当上がった。
 もう少ししたら、コーヒーも…なんて思っている。
 また、手を広げ過ぎてキャパオーバーにならないよう、気を付けないとな。
「って、侑何してんの?」
 佐貝くんが俺の手元を見て、不思議そうに問う。
「鎌倉の…っていうか、この近辺の路地案内図。結構聞かれるから、先に作っておいて渡そうかと思って。」
「それ、良いアイデアじゃないか?家の店にも置こう。そうだよな、家の周辺だけで良いんだもんな。」
「そうなんだよ、広域になると細かい道はどうなっているか自信がないけど、自分の家の周辺だったら何とかなる。」
「意外と器用なんだな、侑は。」
 …いつから、名前呼びの呼び捨てになったんだったっけ?ま、いいけどね。
 俺たちがちまちまと地図作りをしていたら、睦城が出て来て、ここに参加。また騒がしくなって地図作りどころじゃなくなってしまったんだけど…楽しいからいいか。