032.デート
 睦城目当てにやって来る女性客が一段落し、通常の観光客にほぼ戻った火曜の昼下がり。
「午後から店を閉めて、デートしないか?」
と、睦城に誘われた。
「いいね。どこへ行くの?」
「鎌倉の駅前にある本屋へ資料を探しに行きたいんだ。」
「了解。」
 睦城は、息抜きで出掛けるなら、一人で行けと言ってある。
 それでも俺を誘ってくれるのは…ま、ね。
 素直に嬉しい。
 鎌倉に戻ってきたばかりの頃、あんなに拒んだのが馬鹿みたいだ。
 睦城は昔と変わらず、性格が可愛い。
 見た目はカッコいいのにな。
 ギャップだな、うん。
「侑?何さっきから百面相してるんだ?」
 店を閉める準備をしながら、俺の表情の変化を見ていたらしい。
「いや、睦城がカッコいいなって。」
「なに、それ。」
 照れるでもなく、平然と交わされてしまった。
「カッコいいのは、侑の方じゃん。」
 小さく、呟いたのは聞こえなかったふり、しよう。
 睦城は同年代の女性にモテる。俺はどちらかと言ったら、年配の女性からのウケがいい。
 つまり、恋愛対象としてモテるのは睦城、おばあちゃんたちから孫にしたいと可愛がられるタイプが俺だ。
 ということは、事実としてカッコいいのは睦城である。
 …が結論だ。
「睦城。」
「ん?」
「俺の、どこが好き?」
 途端にモジモジと乙女の様な反応をした。
「いきなり、なんだよ。」
 プイとソッポを向いてしまった。


 戸締りをして、出掛ける。
「中学の時の経路で、歩いて行かないか?」
 睦城が言う。
「いいね。」
 途中、鎌倉彫を扱う老舗があるから、覗いて行くもいいだろう。
 黙って二人で歩く。
「あら、侑君と睦城君。相変わらず仲良しなのね。」
 あちこちで声を掛けてくるのは、中学時代に通学路として通っていた道々の家。
「今は一緒に仕事をしています。坂の下でカフェをやっているんで、良かったら来てください。初回はサービスします。」
 なんて愛想を振りまいておいた。
「ほら。侑はモテる。だから心配。」
「あのさ、おばちゃんたちには大事な旦那さんがいるだろ?俺なんか眼中にないから。」
 それよりもお前の方のファンが本気になったら怖いよ。
「侑。おばちゃんたちには、俺等と同年代の子供がいること、忘れてる?」
「忘れてないけど、俺はモテないからさ。」
「そりゃ、俺が追っ払ってたからで、実のところ侑は人気があったんだよ。」
「でも、高校も大学もモテなかったぞ。」
「高校は…その…買収して…お願いした。」
 ん?
「侑と同じ高校に進学した太郎君、彼に頼んで排除してもらってた。」
「え?太郎?太郎って睦城と知り合いだったの?」
 高校時代、俺の周りに纏わりついていた、気の優しい笑顔が子犬みたいな奴(残念ながらタイプではない)が、いつも側に居た。
「うん。彼なら人畜無害だな…って。」
「あいつ、高校卒業して、家業の酒蔵を継いだんだよ。で、すぐに杜氏の娘さんとデキ婚したんだよ。」
「へー、意外だね。」
 俺たちは突然高校時代の話に花を咲かせた。
「ところで…佐貝くんとは、どこまでいってたんだ?」
 ずっと。気になっていたことを聞いたみた。
「え?佐貝?どこって?藤沢のデパートくらいかな?」
「なに頓珍漢なこと言ってんだよ。その…したことあるって言ったじゃないか。」
俺以外の人間が、睦城に触れたなんて…嫉妬で狂いそうだったんだからな…なんて、一度振った人間は、言えない。
「そんなこと言ったっけ?してないよ、なにも。学校帰りにデパートで侑に似合う服とか、プレゼントを見に行ったくらい。」
 へ?
「なんだ、それ。」
「だって俺の高校時代は侑一色だもん。だから佐貝に怒られたんだ、会いにも来ない男なんて恋人でも何でもないって。だったらいっその事、女装 でもして女の振りして会いに行った方が、効果があるんじゃないかって。」
 ほー。そういう経緯か。確かに彼が嗾けたって言っていたけど、ふーん。
「折角鎌倉の駅前まで行くから、夕飯、銀座アスターに行くか。」
「えー、俺は最近テレビで取り上げられていた、鎌倉野菜の店がいいな。」
「それだったら…」
 俺たちはデートを思いっきり楽しんでいた。