034.第三の男、居座る
 由木がぐだぐだと居座っているのは、帰れないわけがあるんだろうと、俺は判断したんだ…侑は優しいから延々と相手をし続けそうだし。
 案の定、侑の作った晩御飯を食い散らかし、酒まで飲んで(まあ、これは土産だから仕方ないけど)、まだいる。既に深夜だ。
「由木、俺たち明日も仕事なんだけど。」
 本当は休みだけど。
「知ってるよー、明日は定休日だろ?」
 ち、知ってたか。
「ごめん、明日は二人で朝からスケッチに行くんだ。」
 意外にも侑から嘘のスケジュールがもたらされた。
「梅の花をテーマに、来年用の商品を考えているんだよね。」
 更に、来年の嘘まで…ん?
 そういえば今朝、そんな話をしたなぁ。
 朝は寝ぼけているから、時々記憶が飛ぶ。
 侑との会話は、忘れたくないのに。
「折角だから曽我まで行こうと思っている。小田原もついでに覗いて、土産品の研究をしようと思う。」
「あの!」
 嫌な、予感。
「ボク、仕事が無いんだ。バイトしかしていなくて、それで彼女…サーファーの彼女だけど、甲斐性なしと言われて追い出されて…その、正社員で、雇って貰えないだろうか?」
 …あ、違った。しかも、更に悪い。
「悪い、今二人で食べていくので精一杯なんだ。サーフィン教室の受付とかなら、協力出来るけど、それは、可能なのか?」
「その…夏場はそれでもやって来るんだ、でも秋から春先に掛けては、ほぼいない。」
 待て、侑、情けは無用だ!
 そいつは…


 中学時代、由木は時々侑に金を借りた。サーフィンをやる(見ているだけだが)には、金が必要だけど足りないとか言って。
 お陰で、侑はデート代も貸してしまう始末。
 結局、返ってきたかも不明だ。


「悪いけど、由木は金にだらしがないから、使えない。中学時代に貸した金、由木のお姉さんが返しに来たぞ。」
 すると、由木はきょとんとした表情で侑を見た。
「ボク、妹しかいないけど。」
「高校三年のお姉さんだって言ってた。」
「あ」
 そうか、その、サーファーの女性か。
「昔から由木は、その人に迷惑掛けているんだろ?なら、きちんと就職して、彼女に誠意を見せなきゃ無理だと思うよ。由木は今まででどこでバイトしていたんだ?」
 すると、モジモジしながら、「鎌倉駅ビルの蕎麦屋。」と、返ってきた。
「そこで、正式に雇って欲しいと頼んだ方が早いよ。俺もさ、就職先がなくて、やっと決まったところが実家の近所。東京まで大学行って、戻ってくるなんてかっこわるいと思ったけど、背に腹はかえられないからな。でも、それが好転して今は好きなことやっている。由木も、サーフィンやるために、少し無理をしたらいいよ。」
 そう言うと、テーブルの上の食器をまとめて、片付け始めた。
「…解った。ありがとう。」
 由木は、そう告げて帰って行った。


「で?今度は何だよ?」
 翌夜。再び現れた由木は、心なしかやつれた感じだ。
「それがさー、彼女からは三行半、蕎麦屋からは大爆笑されて解雇。散々だよ。」
 侑は由木をじっと見る…若干、嫉妬が混じるぐらい。
「三行半は、嘘だな?あっても口をきいてくれない程度だろう?蕎麦屋は、聞いてないな?」
 由木の肩が、僅かに揺れた。
「…彼女とは、結婚しているんだ。十年掛けて口説いて落として。なのに、俺の仕事はバイトを転々としていて、定まらない。彼女はサーファーの俺がいいと言ってくれるけど、プロになるほどの腕前ではない。なら…サーフィンショップでも始めたらどうかと…二人に相談したかった。」
「彼女…奥さんの前で格好つけてどうすんだよ?」
 …と、怒鳴ってしまった。
 えーい、ままよ!
「由木は何がしたいわけ?サーフィン?バイト?っていうか、ただ単に好きな女をゲット出来てワーイ…程度にしか考えてないだろ?奥さんだって生きてる、飯も食えば風呂にも入る。お金が要るんだよ。他人を頼るな!自分が出来ることを探せ!」
 ダイニングテーブルをバンバン叩いたら、手が痛くなった。
「そうだよな、俺が、出来ること。確かにそうだ。三条、ありがとう。」
 今度こそ、由木は帰って行った。
「侑」
「ん?」
「由木って、苗字?名前?」
「さぁ?」


 先の話になるけど、由木親之丞は、サーフィンを題材にしたイラストレーターとして、大人気になった。
 まあ、売れるまではやっぱりバイト三昧だったらしい。