036.金魚
「成中(なりちゅう)?」
 紅茶の葉を買いに来た、近所の主婦に聞かれた。
「はい、二人とも御成中学校(おなりちゅうがっこう)の出身です。」
「なら、後輩になるのかしら、私の。」
 この近所にずっと住んでいたら、同窓生だろうな。
「今年、27です。」
「あら、弟と同い年。鈴木昭(すずきあきら)、知らない?」
「うーん、おなじクラスと部活にはいなかったような…」
 このあと、延々とクラスと部活の話を根掘り葉掘り聞かれた。
 …覚えてるよ、鈴木昭。俺達の関係を一番聞きたがったヤツだよ。姉弟で似てるな。


「中学かぁ。俺は侑しか見ていなかったから、他のヤツって、殆ど記憶にないんだよな。由木だって、うっすら覚えていた程度で、言われて初めて思い出したからさ。」
 夜。
 箱根湯本の日帰り温泉で火がついた俺の性欲は、自分自身が驚くほど精力的に欲した。
 明日は休み…という日は、身体を繋ぐことが多くなった。
 相変わらず、睦城もしたがるから、どちらがどちらとは決まっていない。
 俺も、随分と慣れて、かなり喘いでいる。
 今夜は、その、俺が喘いだほうだ。
 そして、昼間の話を始めたのだが、寝物語にしては色気の無い話だ。
「なーんか、また現れそうだよな、由木に続いて。」
「そうだね。侑、明日なんだけど、一人で出掛けてきて良い?」
「あぁ、行ってきな。」
「ありがとう」
 別に睦城を縛り付けたくは無いから、一人で出掛けたいときは、突っ込まずに送り出す。逆もまた然り。
 でも、戻ったら大体互いに報告するから、隠し事は無い。
「侑、眠い?」
「うん」
 瞼が、重くなって…


「侑、出掛けてくる。」
「え?」
 俺は慌てて飛び起きた。
「気持ちよさそうに寝てたから起こさなかった。ゆっくりしててね」
 投げキスを寄越して、睦城は出掛けて行った。
 互いに地元だから、それぞれに友人関係がある。
 睦城にも親友がいる。・・・いる?
 佐貝が親友だったんだろうけど、あいつは睦城に気があって…ええっ?
 いやいや、民事不介入…って違う、友人関係には口を出さない…っていいのか?
 不安になってきた。


「ただいま」
 一時間足らずで睦城は帰ってきた。
 俺は台所でハンバーグをこねていた…何かしていないと、色々考えてしまうからだ。
「侑。」
「ん?」
「先輩に会ってきた。」
「どこの?」
「彫の。」
「あぁ、この間まで一緒にいた?」
「そう」
「で?」
「定番商品を作ってもらうことにした。」
「いいのか?」
「うん」
 そうか。睦城は仕事のことを考えていたんだ。
 だから夕べも戦闘態勢にあったんだな。
「それでさ、今鎌倉祭りやってるんだ、行かないか?」
 あ、それで早く帰ってきたのか。
「なら、電話くれれば良かったのに。」
「そうか!その手があった。」
 なんか、可愛い。
「でも…迎えに来てくれてありがとう。」
 その手を、離さないでいてくれてありがとう。
「流鏑馬、間に合うかな?」
 睦城は、時計を見た。
「すぐに出れば間に合うかな。」
 俺は、ポケットに財布とスマホを入れて立ち上がった。
「出店にさ、金魚掬いがあったらやりたい。そして、店先の瓶に放すんだ。小町(こまち)辺りだとそういう店があるじゃないか。なんか粋じゃね?」
「粋…かな?」
「うん、そうなの。」
 やっぱり、可愛い。
 鎌倉の祭りは春。
 夏は花火大会。
「花火大会は、浴衣を着よう。それで店に出たらきっとウケる。」
「ダメ!」
 即答で睦城が拒否した。
「また、侑のファンが増える。君は気付いていないみたいだけど、喫茶にくる女性客は、ほぼ侑目当てだ。」
 だから?って、言いたいけど飲み込む。
「あのさ、俺は今、睦城と付き合ってる。仕事もプライベートも睦城で一杯一杯なんだ、他のことは考えてない。なんたって、不器用なもんで。」
 二人並んで玄関を出る。
「今朝も睦城はどこへ出掛けたのか、気になってソワソワして、ハンバーグ捏ねてた。」
「それは、失礼しました。」
 睦城は、楽しそうに笑った。
「俺も金魚掬いしようかな。」