039.台風襲来
「台風が来てる。」
「ヤバいかな?」
「ヤバイ」
「休むか。」


 テレビではずっと台風情報を流している。
 それを聞きながら、イチャイチャしていたら、いつの間にか二人ともその気になって、昼間から盛っていた。
「あんっ」
 取り敢えずのフィニッシュを迎え、それでは第二戦…と、ゴムを取り替えていたところ、玄関のインターフォンが鳴った。
「どうせ、左貝だろ?」
 無視するつもりでいたが、鳴り止まない。
 渋々階下へ降りていくと、姉がいた。
 なんでも避難勧告が出たらしい。
 何度電話をしても出ないから直接来たと言われた。
 近くに川は無いが、満潮で増水したら海でも危ない。
 実家は山の上にあるが、逆に崩れたら危険だ。
「何してんだ?」
「商売道具は命の次に大事だから、持って行く。」
 避難用リュックに詰め込んでいる。
 それじゃあと、自分はカセットボンベを二本と、登山用の湯沸かしセットを持った。
「一応、商売道具。」
「確かに。」
 二人とも翌日には帰れるだろう程度の気持ちでいたのだ。


 ところが、洪水にはならなかったが、下水が溢れ町内が水浸しになった。
 我が家…と言うか、店舗兼住居は不幸中の幸いで床下浸水とまでは行かなかったものの、店舗前の道路が泥と臭いでてんやわんやだ。
 翌朝、台風一過で家に戻ると、町内一致団結して清掃作業だ。
 道路の泥を洗い流し、店先を掃除するなどやることが多すぎて、開店するなんてもってのほかだ。
 道路…と言っても小道だがそこを隔てた斜め向かいの家は高齢者しかいないので、我が家の男性陣二人は、町内会長の鶴の一声で、手伝いにかり出された。
 その日の夜は、草臥れ果てて、二人とも早々に布団に入った。
 台風から二日後、やっと店を開いたが、案の定客は来ない。
「閉めて掃除をするか?」
「そうだな。」
 再び、町内の掃除に出た。
 お陰で、町内の人々と顔見知りとなり、意外にも仲良くなれた。
 怪我の功名である。


 前回の台風から一ヶ月。
 ここ数年は関東を素通りしていた台風が、年に二回も直撃しそうな予報が出た。
「Twitterとホームページを更新して、台風がきたら休むと予告しておこう」
「だな」
 また来たら、また掃除か…大変だな。
 台風情報を見ながら、食事の支度をしていたら、又姉から連絡が入った。
 避難所ではなく、実家に来いと言うことだったのだ。
 我が家は坂ノ下、海から近い。
 睦城と俺は極楽寺で山の上だ。
「避難所より、位置が高いな。」
 それでわざわざ姉は呼びに来たのだ。
「最初からそう言えば良いのにな」
 睦城が笑う。
 俺達は、久し振りに実家へ帰ることとなった。


「…騙された」
 睦城とは江ノ電の上に架かる赤橋で待ち合わせた。
 台風が通過する一晩、それぞれ実家で過ごしたが、散々だった。
「うちは途中で雨戸がバタバタ言い始めて、釘で打ち付ける羽目になったよ。」
「うちは樋が外れて屋根から落ちる雨水がそのまま庭に濁流のごとく落ちてきた。」
 避難所の方が楽だった…と、意見が一致した。
「でも、偶には帰ってみるか。」
「そうだね」
 意見が一致したが、互いに壊れた部分が気になり、店を休んで再び実家へ向かった。


 結局、資材が足りなくてネット通販で注文するところで終わってしまったが、届いたら直しに行くことで親も喜んでいた。
「近くに居るのに何年も近寄らなかったから、逆に行き難くなってたしな、丁度良いタイミングだったかもな。」
 そう考えたら、姉に感謝…とは、絶対に言わない。
 …そこは、時給で表現するか。