042.ただいま
 勢いよく出掛けたものの、睦城の実家の玄関に立ったら、借りてきた猫のようになってしまった。
 睦城の父親には初めて会った。
 まだ、理解はして貰えなかったようだが、話は聞いてくれた。
 母親は寂しそうな笑顔を向け、「二人はずっと仲が良かったものね。…原因は母親らしいし…」と、最近報道で言われている、LGBTは妊娠時極度のストレスを受けるとなりやすい…というヤツを言っているのだろう。
 人に限らず、誰かを恋うことに障壁があるはずがないのだ。それを古代から人間は何かと理由を付けて病気だとか障害だとか言いたがる。
 恋に何を求めているかによって違いがあるのでは無いかと、俺は思う。
 番になることで子を成すか、精神の安定を求めるか、セックスを求めるか、色々だ。
 俺は、睦城だから恋した。
 理由など無い。
 他の人では替わりが効かない。
 失恋して傷が癒えて新しい恋に向かえる人を羨ましいと思う。
 …かく言う俺も一時期睦城から離れたが。
「さて、睦城になんと言ったものか…」
 思わず独り言を言っていた。
 理解して貰わなくてもいい、二人の関係を認めて貰いたい…なんて無理な話しか。
 自分の親はどう思っているのだろうか?
 ふと、そんなことが気になって電話を掛けてみた。
 案の定、理解はしていなかった。
 まだまだ安住の地は確立できないようである。


「ただいま」
 ゆっくり歩きながら帰ってきても僅か15分。
「おかえり」
 睦城は、分かっていたという顔で迎えてくれた。
「当面は回避できたけど、まだ続くと思う。」
「そうだよね。あのさ、来週の日曜日、一緒に実家へ行ってくれないかな?二人で行けば理解できると思う。」
「分かった。じゃあ、店は休みにして行ってこよう。」
「後回しで悪いけど、侑の実家にも行こう?」
 いよいよ、だな。
 なんか、緊張してきた。
「侑はさ、この場面を想像していた?」
「うん。なんで?」
「僕は想像していなかった。だって、侑と恋人になれるなんて思っていなかったし、なったあとも現実だと思っていなかった。今でも、夢のようだし。」
「夢じゃないし。」
 他については強く言えない。
「睦城」
「ずっと、隣に居て?」
「なんだよ、お前が言うなよ。」
「だって、大好きだから。不思議だよね、誰かを好きになるときって、予告が無いんだよね。突然、好きになる。」
 睦城が言いたいことは分かる。
「俺はさ、お互いに「ただいま」が言い合える関係でいたい。ただいまは、一緒に暮らしていないと言えない。」
「そうだね。」
 俺は睦城を抱き寄せた。
「背中に大きな筋肉がある。」
 それは、彫刻刀を持つ者にある、翼のようだ。
 何年か後、睦城が大成して羽ばたいていくかもしれない。その時、俺は笑顔で送り出せるだろうか?
「確認だけどさ、」
「うん」
「ずっと、ここで良いんだよな?」
「ここが良い。楽しく暮らせたら、それでいい。」
 就職が決まらなくて辟易していた頃、食べていけるだけ稼いで、静かに暮らして、静かにリタイアして行けたら良いと考えていた。
「じゃあ、俺が睦城をバックアップするから。」
「充分してくれている。」
「もっと、頑張る。…そう、ご両親には伝えよう?」
「侑、お互いに頑張りすぎるのはよくない。自分の出来る範囲で頑張ろう?キャパオーバーは自滅を早める。」
「確かに。」
 無理をしていたら、どちらの親も心配するだろう。
 睦城も俺も、笑顔でただいまと言えるようにしよう。


「睦城のお父さん、手強いな…」
「うん。あんなに頑固な人間だったなんて知らなかった。年に2回位しか会わなかったし。しかももともと籍が入っていたなんて。」
 睦城の父親は、婿養子に入っていて、ずっと海外で仕事をしていた関係で、元の姓を名乗っていただけだったようだ。
「なんで、ちゃんと睦城に説明しなかったんだろう?」
「あの夫婦の方が、僕等の関係より複雑じゃないのかな…自分の親に対して言うのもなんだけど。」
「確かに」
 前途多難…な予感。