043.衛利
 中学の同級生に名香野衛利(なかのひろき)がいる。
 由比ヶ浜駅の近くで、パン屋を営業している。
 父親はサラリーマンで母親は専業主婦。そんな衛利がパン屋になったのは、同じく中学の同級生で、衛利が好きだった広居紀(ひろいかなめ)ちゃんの影響だ。
 彼女はパン作りが好きで、パン屋を開くのが夢だった。
 衛利がそれを叶えたのだ。
 当然、二人は結婚している。
「衛利にパンを卸して貰おうかと思う。」
 紅茶の他に軽食を出せる余力が出てきた。
 サンドイッチを作ることにした。
「衛利、元気かな?」
「元気だよ。自転車で鎌倉のスーパーに行くとき、ちょいちょい会う。」
「へー、そうなんだ。衛利もパンを焼くの?」
「いや、衛利は店頭に居る。」
 紀ちゃんがパンを焼いて、衛利が売る。
「そっか、店で会うには外に居ないと無理だもんね。」
「そうだよ。実は何回か買ってきてるんだけど、どれだかわかる?」
「え?紀ちゃんが焼いたパン?中学の時に何回か貰ったことが…あ!」
 何か思いだしたらしい。
「どこで買ったか絶対に教えてくれないヤツ!」
「当たり。今度一緒に行こう?」
「うん。あのパンで作ったサンドイッチ、楽しみだなぁ。」
「誰か、野菜を作っている人、知らない?」
「野菜?あれは大船か横浜なんだよね。もしくは藤沢。」
 そうすると、高校じゃなきゃ、範囲外だな。
「ならそこは市場で鎌倉野菜を仕入れるか…肉は左貝くんに頼んで…」
「侑、」
「ん?」
「なんか…普通。」
 え?今なんて言った?
「もっと違うのが食べたい。」
 俺に、オリジナリティを求めるのか?
「違うって、果物系?」
「それも普通だなぁ。コッペパンにマーガリンとジャムも普通だし…なんかないかな?」
 睦城も考え始める。
「野菜、果物、クリーム、マーガリン、ジャム、バター、カレー、羊羹、あんこ…どれも使われてるしなぁ。」
「睦城、」
「なに?なんか思い付いた?」
「衛利に相談してみるよ、うん。」
「あ、そうだね。プロだもんね。」
 睦城は照れくさそうに笑った。
「最近はさ、出汁巻き玉子焼きとか挟むんだって。」
 あまりにも真剣に考えていたので、少し気休めみたいなことを言ってみた。
「ってことは、今まで想像しなかったものを挟めば良いのか。うーん。」
 しまった、また考え始めた。
「デザートっぽい具材が良いなぁ。」
「ありきたりだけど、サツマイモスイーツってあるだろ?あれはどうかな?」
 睦城の顔が輝いた。
「スイートポテト風?いいかも。」
「どっかにありそうだけど、女性はサツマイモが好きだからさ。」
「サツマイモがなくなったらカボチャ?いいね。」
 睦城が楽しそうだ。
「なら、サツマイモとカボチャの根付けを作ってみよう。」
 それは、鎌倉彫とは違う気がするけど、睦城の妄想が楽しそうだから放っておこう。
「この後は衛利に相談してみるよ。ペーストにするか、荒切りにするか。」
「どっちも気になるなぁ。」