050.日本の職人
 ガイドブックの取材を受けた際に、『日本の職人』というコーナーがあるので出て欲しいと言われた。
 しかし、先輩を差し置いて…というか、一人で受ける自信がない。
 もう少し、自分の力を信じてあげたいけど、相変わらず自信がない。
 結局、編集部で質問を考えてきてくれてそれに答える、あとは写真で埋めて貰うことになった。


「写真は作品だけにして貰わないと、またファンでいっぱいになっちゃうからな〜」
 侑の心配は僕のこと。それは嬉しいのだが、やはり自分の実力が伴っていないと実感するから気後れしてしまう。
「侑、図書館行ってくる。」
「おー、気を付けて。」
「うん。」
 僕は自転車に跨がり、中学の近くにある中央図書館へ向かった。

「三条」
 図書館の入り口で呼び止められた。
「あ、田中君。この間はどうも。」
 田中夕平は確かサラリーマンのはずだ。どうして平日の昼間にこんなところにいるんだ?
「何してんだ?こんな所で。」
 あ、先越された。
「仕事の資料探し。田中君は?」
「平日の昼間に有給取らされても、奥さんからは邪魔者扱いだよ。」
「なら家に来れば良いのに。」
「んー、それがさ…」
 何か言い淀んでいる。
「えーい、思い切って聞く!三条と美矢間って、どうなってるの?」
「どうって、付き合ってるのかってこと?」
「いや、それは分かってる、じゃなくて将来的なこと。戸籍とかそんなことはどうでも良いんだよ、生産性のないカップルは将来親世代の介護とかどう考えているのか教えて欲しい。家がさ、子供が出来ないから。」
「田中君、やっぱり家に来ない?」

 二人で家に帰ったら侑が吃驚していた。
「その為に今必死に働いてんだよ。…俺さ、」
侑が突然将来について話し始めた。僕の知らない将来設計。
「適当に仕事して、年取って、死ねれば良いかなって、思ってた。俺なんか生きててもなんの価値もないって。でも、睦城に再会して、気付いた。好きな人が側にいてくれるだけで、生きていたいって思った。で、睦城は職人だよ?絶滅危惧種だ、大成させたいって思った。老後は二人で波の音を聞きながら、静かに過ごしたいって。」
 え?そんなこと思ってたの?
「俺の個人的な夢は、睦城が日本の職人として認められ、大成すること。そして、二人の両親を迎えられる家を持つこと。最後まで後悔させない人生を送って貰うこと。夕平も、奥さんが好きなんだろ?なら、胸の奥に自分が描く未来予想図があってもいいじゃん。子供はきっといつか、二人のタイミングで授かるような気がするよ?」
 侑、また不安になる。僕は君に相応しいのかと。
 でも、口にはしない。だって侑の描く将来には必ず僕がいるから。

「この作品が、今の私の限界です。」
 そう言って手渡したのは宝石箱。
 サクラの花が舞い散る図案。
「あの、すみませんが、お盆はありますか?鎌倉彫といったらお盆のイメージなので。」
…確かに。
 今から半年ほど前に仕上げて貰った物がある。
「私は彫り師なので、商品化するには色んな課程があるんです。」
 鎌倉彫に使われる木は桂が多く、約1年掛けて乾燥する。
 作品に合わせ、先に木の形を成形し、この先が僕の仕事だ。彫刻刀で文様を浮き上がらせ、肉付けしていく。刀の彫り跡を残すのが特徴になる。
 この先は漆職人の仕事。
 独特の味わいを出すために何度も塗ったり研いだりし、最後に透明度の高い透漆に朱色の顔料を練り合わせた上塗り漆を塗る。上塗り漆の表面が落ち着き、漆が固まる寸前にマコモ、もしくは煤玉の粉を蒔きつけ、乾燥後研ぎを行うと、彫刻部分に陰影ができ、全体に古色がかった落ち着いた色調となる。生漆を薄く全面に塗り付け綿布でよくふきとり磨きをかける。ほどよい艶に仕上るまで、2〜3回くりかえす・・・と、伝統鎌倉彫事業協同組合のホームページに書いてあった。
 見学をしたけれど、実際のところ、自分では把握していないのが実際の所で、いつか勉強に行きたいとは思っているけれど・・・なのである。
「まだまだ勉強中の身ですので、もっともっと精進していきます。よろしくお願いいたします。」
 そういって、作品を差し出すと、写真を撮って帰っていった。
 分かってくれるといいんだけれども。