052.君は僕の…
 昔の自分だったら、絶対にしない。
 睦城の為に自分の使える時間やお金を費やすことなんて、絶対にしない。
 でも、今は違う。
 睦城の為に自分の人生全ての時間もお金も命さえも費やそう。

「前の会社に入った理由?そんなの決まってるじゃん。本当は東京の会社に入りたかったけど、あそこしか受からなかったから。でもさ、あの会社に入ったから、睦城に再会できたんだ、これは運命だったんだろうな。」
 あの当時は睦城に再会したくないと思っていたのに、よくも平気でそんなことをしれっと言うな。
「そうだよね、あの会社に入って、あの店へ配属されたから再会できたんだから、感謝しなきゃ。」
 何に対して感謝するのかはこの際置いておこう。
 その前に鎌倉駅のホームで一目惚れした相手が睦城だったことはかなりの衝撃だった。
 大学へ行ってからは女装した睦城にしか会っていなかったのが原因だと思っておこう。
 今朝の朝食は睦城が用意してくれた。
 コーヒーはコーヒーメーカーがやってくれるし、フランスパンも既に切ってあるし、レタスは千切るだけだし、プチトマトは洗うだけ。
 後は卓上塩を出して、ドレッシングを出して、マグカップとフォークを準備する。
 火も包丁も使わない。
 それでも嬉々としてやっているから可愛い。
 あの時の自分に言ってやりたい、お前はなんて大馬鹿野郎なんだと。
 こんなに可愛い睦城を知らずに手放すつもりだったんだぞと。
 良かった。
 君は僕の…
「台風、」
 え?君は僕の台風?
「1号が発生したんだってね?」
「へ、へー」
 スゴいタイミング。
「どうかした?」
「いや?」
 怪訝な表情をしている。
「今朝も可愛いなって、思ってた。」
 途端に耳まで真っ赤になる。
「なんかさ、夕べも言ってたよね…」
 夕べとは、セックスの最中だ。
「だって、可愛いじゃん。彫刻刀は上手く使うのに包丁はからっきしとか、歯磨き粉と間違えてハンドクリーム使っちゃうとか、」
「え?知ってたの?」
「知らないわけないじゃん。他には洗濯機に洗濯物を放り込めばあとは全部機械がやってくれると思っていたところとか、もう一回ってお強請りするところとか?」
「さ、最後は余計だよっ!」
 勿論、もう一回はアレだ。
「ま、今日は休みだからね、もう一回でも二回でも構わないけど?なんなら今からでも、」
 すると、意外な反応があった。
 視線をあげ、瞳を輝かせたのだ。
「なんか、夕べは不完全燃焼っていうか、その、物足りないというか…」
 へー、睦城でもそんなことがあるんだ。
「じゃあ、する?」
 手にしていたマグカップをテーブルに置き、席を立つ。
「いや、いやいや、後でいいから。」
「ふーん、あと、なんだ?」
「あ」
 可愛い、可愛い可愛い!
 その反応も可愛い。
 やっぱり君は僕の、
「えっち」
 …はいはい。