056.だけど、普通の人だから
「睦城、むーつーきー。」
 夕べも遅くまで作品作りに没頭していたようだ。
 睦城は職人から芸術家になった。
 お陰でウチの店に並べている商品が一律値上げとなった。
 それはとても嬉しい。睦城の才能が認められたのだから。
 でも、こんな風に寝る間を惜しんでまで作品作りに根を詰めないといけないことなのか?
「睦城先生、起きてください。」
 睦城の目が開いた。
「その呼び方、いやだ。」
「なら、早く起きろ」
「ん…ごめん」
 素直に謝ったから許してやろう。
 顔を寄せ唇を重ねるだけのキスをして直接「おはよう」を伝える。
「お、おはよう」
 睦城とこうして暮らし始めて、何年経つか?相変わらず初々しい反応をする。
「睦城、」
「ん?」
「愛してるよ」
 途端に真っ赤になる。そんな刺激的なこと、言った?
「あ、あ、あ、朝から、な、な、何言ってくれちゃってんの?」
 可愛い。
「朝御飯にするから早く顔洗ってきて。」
「う、うん。」
 布団から転がり出るように起き上がった。
 洗面所に向かった睦城を見送り、布団を畳むと、シーツと枕カバーを洗濯機に放り込こみ、スタートボタンを押す。
 今日も良い天気だ。
 観光客も沢山来るんだろうな。
 でも、今日は定休日だ。
 家のこと、全部終わったら、睦城と愛し合いたい。
 昼間っからだけど、睦城が欲しい。

「あれ?この梅干し、侑のお母さんが漬けたヤツ?」
「そうそう、よく分かったな。」
「この味、好きなんだ。」
「そっか、喜ぶよ。」
 昨日、国道から一本入った道で移動販売の魚屋が来ていた。週に一回か二回、不定期にやって来る。
 そこで、アジとイワシを買った。
 イワシは昨夜煮付けにした。
 アジは二枚を開いて干してある。
 もう一枚を焼いて、半分ずつ朝から頂いた。
「昨日のイワシにも入れたんだ。」
「え?気付かなかった。」
「隠れすぎてたのか、残念。睦城、今日の予定は?」
「今日?今日は定休日だよね?なら…」
 また、俯いた。
「睦城、あんまり、好きじゃないのか?」
「え?なにが?」
「その…確かに最近、定休日に睦城のこと、求めてばかりだけど、イヤだったら…我慢する。」
「ううん、イヤじゃない。むしろ、好き。だけどね、夏だから…お隣に聞こえちゃってないか、気になってる。」
 そうか、近所か。
「声、我慢できないから…」
「夜、雨戸閉めよう。で、エアコン全開!ならいい?」
 睦城が箸を口に咥えたまま、頷いた。

「んんっ…」
 俺がイッたあとすぐに睦城のそれが白濁を吹き、俺のそれを食い締めた。
「侑…気持ち良かった…」
「ん、俺も溶けるくらい良かったよ」
 互いにゴムを外し、口を縛ってゴミ箱に捨てる。
 一緒にシャワーを浴びようと体勢を変えたとき、睦城が呟いた。
「僕は、普通の人なのにね」
「どうした?急に。」
「そりゃあ、芸術展に出品したんだから、賞をもらえたら嬉しい。だけど、僕だって好きな人に触れて欲しいし抱き合いたい。普通に生活もしていきたい。」
 先生って呼ぶと嫌がる理由か。
「そう、だよな。」
 睦城を抱き寄せ、その耳元で「もう一回、しよ?」と、囁いた。
「一回でも、二回でも。」
 睦城が娼婦のように微笑んだ。
 このギャップも、好きだ。
 噛み付くようにキスをして、ゴムなしでの二回戦に、挑んだ。