064.朝が来た
「ポチッと」
 思わずネット通販するのに声が出た。
「どうしたの?」
「ヒマだからさ、テイクアウトをやろうかと思って消毒薬とアルコール消毒液とビニール手袋と厚手の紙袋を買った。サンドイッチと紅茶のセットでテイクアウト出来るだろ?」
 今夏、スーパーバックが環境に良くないとかで法律で配布禁止になった。それならパック包装も良くないと思い、ささやかな抵抗だ。
「紅茶は一杯分をお茶パックに入れて自分のカップで淹れて貰う。」
 これも僕の拘りだ。
「フレーバーティーも選べるの?」
「大丈夫。」
「面白そう」
 あとはお客さんが来てくれるか、だけどな。
 サンドイッチは食べやすいように食パンではなくコッペパンにした。
 今は在宅で仕事をする人も増えたから、八時には店を開けたい。
 その代わり一時には終わる。
 それなら、睦城と過ごす時間を削らなくて済む。
「侑はすごいな。いつも色んなこと考えている。」
 睦城に褒められると素直に嬉しい。
 思わず抱き締める。
「睦城、好きだ」
「うん、僕も…好き」
 三十過ぎたおっさんが二人、イチャイチャしているのもヘンかな。
 でも、好きだ。
 子供の頃以上に好きだ。
「侑は仕事しているのが好きなんだね」
 え?
 そうなのか?
 ずっと、小さい子供の頃からずっと、専業主婦が羨ましかった。
 家に居て洗濯して掃除して買い物に行って料理して。
 早く定年退職して家で好きなことをする時間を満喫したかった。
「仕事が好きなんじゃない、睦城が、好きなんだ。睦城が快適に作家活動が出来るサポートが出来たら、それが幸せなんだ。」
 睦城を抱き締めたまま、伝える。
「負担に、ならないで。素直に受け取って欲しい。」
 働くことに楽しみを得たのは、全て睦城のお陰だ。
 俺の未来に君が居なかったら、きっと無気力な生活を送っていた。
「江ノ電の鎌倉駅で、なんで睦城と気付かなかったんだろう。ただ、恋をした。一目惚れで…君に二度も恋するなんて思わなかった。」
 睦城の腕が、力強く俺の腰を抱いた。
「僕だって、侑が鎌倉に帰ってきたのを知らなかった。あんなに追い掛けていたのに。」
「どうして俺のこと、知ったの?」
「中学の同級生と話してて、言われた。」
 帰郷を知らせた同級生なんて居なかった。
 睦城にさえ会わないように、ひっそりと生きて行くつもりだった。
「睦城、会いに来てくれて、ありがとう。」
 睦城と視線が合う。
「僕も、帰ってきてくれてありがとう。侑は、僕の太陽だ。やっと、朝を迎えた。」
 睦城の唇が、優しく重ねられた。
 俺こそ、君のお陰で人生に朝が来たんだ。
 この唇は、俺だけのものだ。