065.おうち時間
「テイクアウト、止めるわ。」
 侑が呟く。
「路地だし、観光客が来なきゃ、この場所は不利だ。」
 観光客はフラフラと路地を歩いて行き当たったウチの店にやって来てくれる。人が人を呼ぶ。
 しかし、主婦相手にテイクアウトは不要だった。
「大人しく世の中が回り始めるまで待つよ。」
 言うと、あちこちに電話をかけ始めた。
 折角繋いだ同級生たちとのネットワークも、暫くお休みになりそうだ。
「え?マジで?うん、分かった。」
 侑が何処かへ電話を掛けていたが、嬉しそうに会話を終わらせた。
「衛利がさ、市内で定期的にパンのデリバリーを持ちかけられたんだってさ。その中にウチのテイクアウトを入れてくれるって。」
「侑が配達するの?」
「うん」
 楽しそうだけど、また条件が色々ありそうだよな。
「テイクアウト専門業者に頼んだら?…折角二人で居られるのに、勿体ないなあ…って。」
 侑が僕の手を引き抱き寄せた。
「これは、濃厚接触…だよな。そうか、対外的にマズいか。そうだな、専門業者に依頼するか。」
 侑の顔が急に近付いてきて唇が重なった。
「睦城…」
「ん」
 深く、重なる。
 やがて、名残惜しそうに離れていく、いつもの侑だ。
「侑が、やりたいようにして。」
 僕が止めたら、侑は止める。でも、侑は今の仕事を楽しんでやっている。だから僕に止める権利はない。
「詳しいことは企画書をメールで送ってくれることになっているから、確認してから決めよう?」
「うん」
 疫病が消えたら、また二人で旅行に行きたいな。
 侑と、したいことがまだ沢山ある。
 だから侑には頑張ってもらわないと。
「そうそう、また新しい根付を考えたんだけど見てくれる?」
「動物シリーズ?」
「そう」
 僕は北海道で売られているような形の熊を手渡した。
「鮭咥えてるの?」
 そう言うと侑がほほ笑む。
「鎌倉なんだから狸とかキツネのほうがウケそうだけどな。」
「そうか、気づかなかった。他にいないかな?トンビ以外で。」
「うーん…っていうか人力車とか牡丹とか紫陽花とか、動物以外でもよくないか?」
「動物、飽きた?」
「そうじゃないけどさ、いろいろなパターンがあってもいいかなって。一点物でもいいかもよ?」
 キミと、こんな風にまったりと過ごせる時間も、いいな。
 まだまだ、世間は殺伐としているけど、僕たちは案外平々凡々とした時間が幸せなのかもしれない…と、世界中を敵に回したようなことを思ってしまった僕は、だめだな。