067.ただいま
「てんちょー、ただいま〜」
「ただいま、やっと来られたよ〜」
「睦城さん、ただいま〜」
 いつの間にか睦城にまで声掛けしてくれるお客さんが増えた。
 外出自粛令が解除され、鎌倉にも人が戻ってきつつある。
 常連客は市内に住んでいるので、翌日からちょくちょくやって来ていた。
 皆、ただいまと言ってやって来てくれるのが嬉しい。
 カフェと宅配の二本立てになっているが、「宅配もあるの!?なら今度お願いしよう」と言ってもらえるのでやめることは出来ない。まだまだ客足も鈍いので助かる。
「俺さ、接客が好きみたい。安心する。」
「うん、そう思う。楽しそうだもん」
 顔に出てたか。
「ただいまって、言い言葉だよな。」
「英語には日常に使うただいまは無いんだよ?長い間留守にしていたときに使うただいまがシュワルツェネッガーの映画のI'll be backなんだって。」
「へー。日本人はいつも会話をしていたのかな?」
「日常的に出掛けていたのかもよ?平安時代は帰ってこないしさ」
「帰ってこないって?」
「結婚しても別居してたから」
「あ、そう言うことね。確かに、ただいまって言って訪問すれば軋轢はないかもな」
 睦城が俺を見る。
「侑がただいまって帰ってきてくれるのは安心する。」
「うん」
 言葉より先に行動に出た。侑は僕の頭を子供のように撫でた。
「もうっ!」
「いいじゃないか、いくつになっても睦城は可愛い」
 そう言うんだから素直に受け止めておこう。
 今日は定番の梅で宝石箱を作ってほしいと注文が入った。成人式が中止になってがっかりしている娘さんにプレゼントするそうだ。
「そう言えば、侑は成人式に帰ってこなかったよね?」
「うん…」
 なんか言いにくそう。
「正しくは帰ってきたけど式には参加しなかった。睦城に会ったら気まずいから。」
「そっか…おかえり。二十歳の侑。」
「ただいま」
 あの日、侑に会いたかった。
 成人式の式典、みんなで行った海、いつまでもダベっていた居酒屋…その後侑と祝いたかったな。
「俺さ、成人式に行かないで海に行ってた。睦城たちが来たの、知ってた。慌てて逃げた。」
「そうだったんだ。」
「東京に戻って、なんか脱け殻みたいにボーッとしてた。なんで早とちりしたんだろ?良く考えればわかるのに。睦城が、変わるわけないのに。」
「ううん、僕が…」
「待った、それはもういいから。ごめん、蒸し返したのは俺か。」
「侑」
「ん?」
「成人式の写真、見る?」
「見たい」
 俺は、若かりし日の自分に教えてやりたかった。
 睦城は、こんなに良い男になったぞって。
 「ただいま」と、心の中で睦城に告げた。