068.ホワイトバレンタインデー
 今日は店が休みの日。
 俺は鎌倉までと言って買い物に出てきた。
 普段の買い物の振りをして、注文していたモノを取りに来た。
 バレンタインデー、いつもはチョコを渡すけど今年は違うものにした。
 東京まで行けば直ぐに手に入るのに、少し離れるともう難しくなる。
 綿の入った半纏にした。
 ダウンだと静電気が発生する。
 エアコンは風が出る。
 電気式のストーブは良いみたいだけど、着衣で調節する方が便利らしい。
 手編みのセーター…ムリムリ。
 何故かバレンタインデーが近付くと思考が乙女になるな。
「ただいま」
 …返事がない。おかしいな?
 仕事部屋を覗いても何処にも居ない。
 散歩にでも行ったのかもしれない。
 なら、晩飯の支度でもするか。
 明日の仕込みも少ししておこう…。
 つくづく、睦城が居ないと詰まらない人間だなぁと、思う。
 鮭のムニエルを作ろうと思ってたので、仕入れてきた。
 それと、ワインでも飲もうかな。
 それよりは焼酎の方がいいかな?
 睦城はどちらが好きかな?
 また、睦城のことばかり。


「ごめん、煮詰まってて散歩に行ってた。」
 一時間後、睦城が帰ってきた。
「中学の時の坂間、覚えてる?あいつに会ってさ。漁師やってんだよね。網を繕いながら嫁さんのノロケだよ。」
 楽しそうに睦城が笑う。
「そう言うお前は侑とどうなんだ?って聞かれたから、順調だって言っといた。」
 睦城が、意外と大胆に話す。
「うん」
 思わずその身体を抱き締めていた。
「睦城」
「どうしたの?」
「今年は、チョコじゃないんだ」
「実は、僕も。」
 俺が隠していたのは店の戸棚。睦城が隠していたのは仕事道具を片付ける棚。
 互いに出した紙袋が同じで、同じ衣料品店なのは一目瞭然。
 睦城がくれたのは、店長さんの手編みのセーター。
「似合うと思うけど。」
「こっちは似合うんじゃなくて寒くないだけで…」
 袋を開けると声をあげた。
「嬉しい!これね、暖かいらしいよ。助かる!」
 木屑で汚れても良いものにした。

 風呂場の窓から外が見える。
 空から白いものがチラチラと落ちてきていた。
 雪だった。
「睦城、雪」
 俺は窓を見上げて膝を抱えた。
 ホワイトクリスマスは聞いたことがあるけど、ホワイトバレンタインデーはあるのかな?
 そんなことを考えた。
「ホントだ」
 風呂場のドアを開け、顔を覗かせた睦城が、嬉しそうな声をあげた。