070.調理師免許
「いいんじゃないかな?」
 睦城は反対しない。
 夕食後、ソファで寛ぎながら、何気なく話した。
 店を始めるとき、食品衛生責任者は左海の名前を借りたけど、きちんと講習に通って、今は自分の名前で届けている。
 防火責任者も、講習に行った。
 あと欲しいのは調理師免許だ。
 栄養学も学びたいしやりたいことが一杯ある。立ち止まってなんていられない。
 睦城が制作中は、勉強の時間になった。
「調理師免許は試験があるの?」
「うん。神奈川県は年に二回も試験があるからラッキーなんだよな。ネットで過去問題も手に入るし、専門学校に通わなくても二年以上の実務経験があればいいんだって。左海が飲食店で登録した方がいいって言ったのは、喫茶店だと実務経験にならないってことを知ってたんだな。」
 睦城はなぜか申し訳なさそうな顔をした。
「侑って、大学で学んだことがいかされてる?」
「なんだ、そんなこと気にしていたのか。あのさ、最初に就職した会社、配属されたのは営業だって言っただろ?ここに同じように配属された人には法学部とか文学部とか美大卒もいたなぁ。俺は経済学部だから、何にでも役立つだろ?経済をいかに回していくか…まさに今が正念場だ。」
 体を捻り、睦城を抱き締めた。
「睦城こそ、後悔してない?」
「なんで?」
「もっと、マネージメントが上手かったら、大先生としてプロデュースできたのにな。」
 睦城の腕が、俺の背に回る。
「僕は、作家でいたいんだ。」
 睦城は最初から目立つことはしたがらない。
「本当は、侑のやりたいことを僕が支えてあげる、そんな人生を歩みたかった。自分のくだらない勘違いで、侑と一時でも別々の道を歩んだことを悔やんだ。再び侑と会えたことは、僕の真っ暗だった道程を明るく照らしてくれた。ありがとう。」
 睦城の言葉に、鼻の奥がツンとした。
「俺こそ、ありがとう。」
 やっぱり、睦城が好きだ。
「これからは、睦城をバックアップとか、考えない。俺は今、この店を如何にして継続していけるかを考えている。睦城は、いい作品を作ることだけ考えろ。」
「うん」
 なら、と言いながら、睦城は仕事場へ移動し、「少しだけ、やってくる」と言うから「ダメ」と、否定した。
「夜は暗いからダメ。」
「けど、お隣のまさえさんが本は太陽の下で読んだらいけないって、目が悪くなるから。なら、夜しかできない。」
「屁理屈だな…俺との時間も大切にしてくれよ」
 睦城の瞳が大きく開かれ「仕方ないな」と、隣に戻ってきた。
「夜は、睦城と俺の、二人だけの時間だ、な?」
「はいはい」
 最初は重なるだけの唇が、徐々に深くなり、遂にはソファに押し倒し、腹をまさぐり、乳首を括り出して指の腹で押し潰し、唾液を啜りあうまでに縺れあった。
「すす…む」
 掠れた声に、下半身が熱くなる。
「睦城、寝よ?」
「ん」
 頬が上気し、虚ろな瞳で俺を見る。
「好き」
「待て」
 …しまった…こんなときだけ、中学生みたいだ…。
 やべ。