071.ガンバリマス
「侑!」
 ポストから郵便物を取り出すと、見覚えのある文字列が並んでいた。
 慌てて開封すると、破顔しきってしまう程、嬉しい情報が届いた。
「どうした?」
 先日、一足先に吉報を手にした侑が、ふんわり焼き上がった卵焼きを、卵焼き機から皿に移し変えていた。
「金賞」
「おめでとう」
 昨年末に応募した、陶芸品の為の芸術祭で、僕の作品が金賞を受賞したのだ。
「師匠に電話しなきゃ」
 僕はスマホを手にすると、師匠の電話番号をスクロールして探す。
 呼び出し音が鳴る。
 暫く待つと、「きたか?」と言う声が聞こえた。
「はい、ありがとうございました」
 芸術祭に出品するよう勧めてくれたのは師匠だ。
 知名度を広めるのが目的だ。
「芸術祭で賞を取ると、公のところから注文が来ることがある。少しでも発注先が増えた方がいいだろう?」
 師匠は一線を退いてなお、僕たちに色々とアドバイスをくれる。
 「私のように弟子を育てる気はないんだよな?」と、言われたときには、我が儘かなと思ったけど、「若いうちは作品を作ることに集中した方がいい」と、言ってくれた。
 彫刻家ではない、あくまでも僕は彫師だ。
 なので、市役所から小学生を相手に作品作りを見せて欲しいと請われたが、見られているのは苦手なので断ってしまった。
 少し、勿体なかったかなぁと思っていたところ、吉報が続く。
 芸術祭で金賞を得たことを受けて、自宅での自粛が続き修学旅行もなくなってしまった小学生に、鎌倉彫のコースターを卒業式に記念品で贈呈することと決まり、母校の分の作製を依頼された。
「約300だって。」
「良かったな」
「うん。でも、忙しくなる。」
「願ったり叶ったりだ。」
 僕としては、侑とゆっくり過ごす時間が少なくなるので、ちょっと寂しいけどね。
「俺はさ、睦城が脇目も降らず一心不乱に彫っている姿が好きだ。」
 僕の目をまっすぐに見て、言う。
 思わず俯いて「ありがとう」と小さく答えた。
 僕は、芸術祭で金賞を貰うより、侑に好きと言われるのが一番嬉しい。
 だから、今日も頑張れるんだ。
 君は僕の原動力であり、僕のブレーキでもあり、僕の…太陽だ。
「侑」
「ん?」
「頑張るよ」
「おう、頑張れ」
「侑も頑張ってね」
 今、侑は来月の新メニューに向けて試行錯誤中だ。
「あ!」
 桜にしよう。定番の牡丹ではなく、新たな旅立ちの祝福には桜がいいだろう。
 早速、僕はデザインに入った。
 校門に咲いていたのは紫陽花。桜と紫陽花と木造校舎…。
「今は木造じゃないぞ」
 侑が僕のラフ案を見て言った。
「もう、かなり前に建て替えた。」
「そうだった。自分達のイメージだった。桜と紫陽花と渡り廊下かな?」
「そうだな。桜と紫陽花を繋ぐ渡り廊下がいいかも。」
「そうだね!」
 侑はさらりと僕の悩みを解決してくれる。
「俺が小学生だったら、嬉しい」
「それは!…侑だからで…」
「そんなことない、他の人でも喜ぶ」
 侑は、僕の傲った気持ちや汚れた感情を全て洗い流してくれる。
「ありがとう」
 いつも、そして、これからも。