073.海に向かう
「和海?」
 僕は彼の肩に手を置いた。
「どうした?」
「いや…なんでもない」
 視線が、揺れる。
「今度また、うちに同級生を呼んで…」
「あの!三条睦城さん、ですか?」
 突然、声を掛けられた。
「はい、そうですけれど。」
 まさか?
 僕は慌てて振り向いた。
 和海が頷く。
「あ、お客様でしたか、申し訳ございません、今店主と代わります。」
 和海が店頭に立ち、僕は奥へ退く。
「三条さんと同級生なんですか?」
 その客はまだ僕の名を呼ぶ。
「芸術祭最優秀賞おめでとうございました。私も出品していたんですけど、全然駄目でした。」
 あ、そういうことね。
「ありがとうございます。和海、またあとで。」
 言うと店を後にする。
 彼の店には、侑がいる。

「あれ?あなたは確か、坂の下にある喫茶店の…美矢間さん、そうそう美矢間さんだ。あなたも同級生なのですか?いやぁ、奇遇だなぁ。」
 なんか、思っていた人と違うな。
「ん?あ!お客さん何回かうちの店にいらしてますよね、お一人で。」
 佐貝に分かるように一人を強調してみた。
「はい、街を探索していたら丁度良いところに珈琲じゃない喫茶店が珍しくて。」
「先程の三条の作品を唯一扱っている店です。」
 愛想を振り撒く。
「そうだったんですね。またお伺いしますね。」
 お客さんは佐貝に視線を移した。
「線路の向こうにあるケーキ屋さんの娘さんが、大学の後輩なんです。それが縁でこちらに店を出せました。」
 佐貝の顔色が変わった。おい、あそこの娘は先月嫁に…ん?
「まさか、あなたがお相手?」
「いえいえ、私はまだ誰かを食わしていけるほどの稼ぎがないので、ムリですよ。」
 また、佐貝に視線を移した。
「いつものを500、貰えますか?」
 500かよ!でかいな。
「お客さん、今夜暇ですか?良かったらうちに来ません?こいつと三人で呑むつもりだったんですけど、折角なら多い方がいいかなぁって。他の連中妻帯者が多くてね。」

「そうなんですよ!男が夢を追いかけると、金と時間が必要なんですよ!」
 和海の想い人は、葉山誉輝(はやまようき)と名乗った。
「俺は、夢をバックアップすると決めたんです。」
 侑が言う。
「いいですねぇ、それ。俺も支援者が居てくれたらなぁ。」
 葉山さんの視線が、侑と僕の間を行ったり来たりした。
「あの…違ったらすみません。お二人は…ご夫婦なんですか?」
 夫婦は初めてだった。
 恋人かと聞かれたことはあるけど。
「そう、見えますか?」
「はい。そうなんですね?羨ましいなぁ。夢を追いかけているときに、想い人が理解をしてくれることが一番心強いです。」
 和海、ごめん。全然分からないや。