075.海の家
「向こう三年位、ただで入れてくれてもいいよ、佐貝くん?」
 侑が和海を掴まえては、恩を売る。
 和海は早々に同居を始めた。
「親には何て言って出たんだ?」
 和海は嬉しそうに笑う。
「葉山さんちの二階が空いたから越すって言った。俺は早くにカミングアウトしていたから。」
 そうなんだ、知らなかった。
 うちはまだ。侑が時々顔を出してくれているみたいだけど、OKの返事は貰えていない。
「子供の幸せは親の幸せなんだってさ。ところでさ、今年は藤沢の方は海の家を開けそうなんだ。権利は持っているから、出さないか?」
 和海はいきなり商売の話を切り出す。ここから先は侑の守備範囲だ。
「葉山さんに店長を頼めそうなんだ。体の良い店番だけどな。」
 それでも和海が嬉しそうだ。
「俺は、遠慮するよ。今のところデリバリーと店を回すので手一杯だ。バイトの姉貴も子育てが忙しくて時短だからな。サンドイッチを回すのなら可能だけど、海の家でサンドイッチは危険だろう?出すのなら、チャーハンとかオムライスとか火を通したものかな?」
 侑は、和海の店の商品を使った料理を提案しているんだと、すぐにわかった。
「ごめん、料理が出来ないんだよ、俺。」
 え?和海のカミングアウト。
「ずっと実家にいたから不必要で…。なんとかならないか?」
 あ。また侑がプライベートの時間を潰そうとしている…。
「相談する相手が違うだろう?葉山さんに聞いたら良い。きっと明確な答えをくれる。」
 侑は和海の背を押した。

「僕は、侑は和海に手を貸すと思った。」
「貸さないよ。彼は俺のライバルだったんだから、敵には塩をぶっかけるもんだろ?」
「うーん、かなり意味が違うけど良いや。でも、そうだよね、葉山さんは一人暮らしが長いって言っていたし、大丈夫だろう。」
 それは、浅はかな考えだった。
 五分後、和海からメールが届き、最悪の内容が書かれていた。
「葉山さんも料理が出来ないらしい」
「あいつは今までどんな海の家を出していたんだ!」
「今まで出店してないよ、貸し出していたんだ権利を。でも去年は海開きしなかったから無駄になっちゃったし、今年も今まで契約していた会社から断りの連絡があったって言ってたから、それで自分でやることにしたらしい。」
 これだけ言えば、侑も重い腰を上げてくれるだろう。
「…なら、かき氷とドリンクにしたらいい。」
「出店は軽食なんだよ?」
「じゃあ、ヤキソバなら出来るだろ?」
 もう一押し。
「サンドイッチ、ダメかな?」
 侑が振り返った。
「睦城は、どっちの味方なんだよ!」
 言いながら、笑った。