078.息子さんをください
 睦城のご両親が店に来た。
 「あいつが、大きな誤解をしているようなので、君から説明して欲しい」と、言われた。
 睦城は中学時代から、母親は東京に居る父親の囲われ者で日陰の存在なのだと言っていた。
 しかし、正しくは父親の転勤が決まったときに、すぐに帰れるからと籍を入れないまま、睦城が生まれてしまい、慌てて籍を入れた。でも母親は気恥ずかしくて父親の苗字をなかなか名乗れなかった、と言うことらしい。
 事実の方が奇怪だが。
「睦城は、拗ねているのですね?だから男色になんか走ったのかな?」
 それを、俺に聞くのか?
「男色なんか…ですか?ならお二人は睦城さんの何を知り得ているのでしょうか?彼は彫り師という職業に誇りを持っています。そんなことをご存じですか?」
「睦城には、寂しい思いをさせて申し訳ないと思っています。」
 母親が頭を下げた。
「睦城を、やはり返していただきたいのです。」
 俺は、ため息を着いた。
「あの、息子さんはおいくつだと、認識されていますか?」
「35のはずだと。」
「三十五歳になる大の男を捕まえて、返せと?それは余りにも彼のことを理解していないです。彼は自分の意思でここにいて、ここから芸術家として活動しています。やっと、賞を得てこれからというときに、邪魔をしないであげて欲しいのです。」
 俺は、何のためにこの12年間を睦城のために費やしたと思っているんだ。
「彼の先生は、彼の才能を埋もれさせてはいけないと言ってくれています。それくらい貴重な人材なんです。今、環境が変われば、作品に影響が出る、私は彼のためにそんなことはさせたくないです。」
 母親が、俯いていた顔を、上げた。
「侑くんは、昔から睦城のことばかり、話してくれるのよね。ありがとう。樹(たつき)さん、わかった?侑くんは、睦城には勿体ないくらい素敵な人なの。私はもう、二人のことは認めているのよ。樹さんだけがごねているのよ?」
 父親は泣きそうな顔で俺を見た。
「私だって気づいているよ。でも、今までずっと、離れていたから、少しでも一緒にいたいんだ。」
 父親は父親で、悩んでいたのか。
「もう少し頻繁に帰るように言います。あ、睦城…さんを呼んできましょうか?」
「集中が途切れたらいけないからいいわ。今日は侑くんに会いたかったから。」
 なら。今がタイミングかもしれない。
「あの!息子さんを…睦城さんをください!幸せにします!」
 言えた!
「宜しくお願いします」
 微笑んだ高い声と泣きそうに小さくて低い声が、同時に答えた。
「父さん、母さん、ありがとう。僕は今でも十分幸せだよ。」
 階段を降りる睦城は、童話に出てくる王子様のように凛々しく、漫画に出てくるヒロインのようにきれいだった。