079.体裁には拘りません
 睦城の父親が最初に言い出したこと。
「ところで、どちらの籍に入れますか?」
 結婚ということなんだろうか?
「いえ、そのような形はとりません。もしかしたらこの先、それぞれに別れなければならない事情が発生したとき、変なしがらみはないほうが無難です。私は、睦城さんと日々、平々凡々と暮らして行けることが何よりも幸せです。」
 すると、睦城が私の家族に向かって言った。
「勝手とはわかっていますが、許していただけないでしょうか?幸せに、します。」
 母は、当の昔に俺たちのことは納得してくれている。
「別に繋ぐ必要のあるものでもないし、うちはもう一人娘がいるから問題ないのよ。それより睦城くんのおうちの方が大変よね。」
 睦城は、首を左右に振った。
 「私にも繋ぐ必要のあるものはありません。」と、答えていた。
「父さん、母さん、僕は生涯を一職人として生きていくと決めたんだ。その為のパートナーが侑なんだ。」
「結婚はしないで、同居を続けるんだな?」
「はい」
「わかった。なら、母さんと二人で河口湖の別荘に移住しようと思うんだが、いいか?ずっと母さんには苦労をかけてきたから、これからはゆっくり過ごしてもらおうと思っている。離れ離れになるけど大丈夫か?」
 睦城が、大きく頷いた。
「うん、大丈夫。」

「睦城のご両親、仲が良いじゃないか。」
「そうだね。気付いたんだけどさ、僕は父が好きじゃなかったようなんだ。だから出来るだけ関わりを持たない関係でいたかったんだろうな。」
 睦城の気持ちはわからなくはない。
「あの頃から、世間の眼とか気にしていない。だから、何を言われても構わない。」
 やっと、睦城のご両親に納得してもらえたのだから、もう気にするところはないはず。
「ご近所さんに…」
 そうだった。前に俺が「昼間の声洩れ」について言ったからな。
「みんなに理解してもらって、昼間の音洩れを許してもらわないとな。」
「…忘れてた」
 真っ赤な顔をしてうつむく君は、可愛い。
「昼間の音洩って、あれ?それは…絶対にダメだから。」
 気付いたか。
「ま、聞かせるつもりもないけどな。」
「うん」
 最初に付き合いはじめてから何年経っただろう。
 やっと、スタートラインに立てた気がする。