084.迷う
 今日は週末。店を開く日だ。
 やっと、緊急事態宣言が解除されたが、飲食店にはまだまだ厳しい状態だ。
 開店準備をしていると、足元にじゃれ着く何かが突然現れた。
 最初は風で飛んできたビニール袋程度だと思っていた。
「きゅーん」
と、声がして視線を落とした。
「なんだ、お前だったのか」
 隣の家の飼い犬だった。
「お前の家は隣だろ?」
 すぐに手を伸ばせないのには訳がある。
 飲食店というのもあるが…苦手なのだ。
「睦城、助けて」
 二階に向けて声を掛ける。
「どうしたの?」
 声だけ降ってきた。
「迷子」
「迷子?」
 トントンと階段を降りてくる音がした。
「おや?君は…お隣の子とは違うね?」
 睦城は頭を撫でると、抱き上げた。
「飲食店だから放しておくことが出来ないもんね。店先に繋いでおこうか。そうしたら飼い主も気付くでしょ。」
 そうだった。迷い犬として、店先で我慢してもらうしかないな。
 せめて店休日だったらなぁ。
「睦城、そう言えばどうしてお隣の子と違うってわかったの?」
「あ、それね。以前聞いたんだよ、お隣の子は右足の先が黒いんだよ。」
 へー、気付かなかった。
 無事にお迎えが来るといいけど。
 しかし。その日の営業中は誰も迎えに来なかった。
 仕方がないので、交番に事情を説明に行くと、そのまま預かって欲しいと言われた。
「二階で飼えば平気かな?」
 睦城はたった1日で情が移ったらしい。
「仮に名前を付けるかな。普通にポチ…」
「ごめん、今日が8日だったからハチって呼んでた。」
「あ、それいいな。よし!」
 すると、迷い犬が「ワン」と吠えた。
「よし!」
「ワン!」
「…お前はヨシなのか?」
 ブンブンとちぎれそうなくらい尻尾を振っている。
「そっか…」
 翌朝、飼い主が現れて「ヨシ」は家に帰っていった。
「あの子、お隣の子と兄弟なんだって。」
「そりゃあ、似ていて当たり前だな。睦城、家でも犬飼う?」
「ううん。迷子を預かるので手一杯だよ。」

 一週間後、今度は迷亀を預かった。
 交番に届けたら、やっぱり預かってくれと言われたけど、一週間預かって海岸から上がってきたと判明した。
 野良亀だったようだ。
 早速海に帰した。