094.春になると思い出す
 睦城が一番ショックを受けたこと。
 それは俺が睦城を睦城だと気付かなかったことだ。
 大学を卒業して地元に戻った日、鎌倉の駅で見掛けた美人に一目惚れした。それが睦城だったなんて。
 高校時代、あまり会いに行かなかったのは自分が不甲斐なかったから。
 そして、睦城ときちんと向き合わずにすれ違ってしまったことを、睦城のせいにして拗ねていたこと。
 考えなくても、ちゃんと話をしていれば、違う高校になることなんてあり得ないのだ。
 でも、思ってしまう。
 あの時、もしも同じ高校に通っていたら、俺たちは今頃どうしているのかと。

「多分、僕はこの仕事をしていなかっただろうな。」
 睦城が意外なことを言う。
「侑と同じ大学に行って東京で就職して、二人で暮らせる道を探したと思う。」
「どうして今の仕事を選んだんだ?」
「ここで、侑が帰るのを待つには、地元で出来る仕事はなんだろうって考えたんだ。だから、大学へは行かずに高卒で師匠のところに弟子入りしたんだよ。」
 そんな事情があったのか。
「でもさ、僕は現状に満足しているよ?この仕事は好きだし、侑はそばにいてくれるし。」
「うん。」
 睦城、君はショックを受けたって言うけどさ、実のところ俺だって睦城にしか、恋したことがないってことに気付いちゃったんだけどな。
 大学時代に付き合った子も別に好きだっま訳じゃない。
 中学時代、睦城を恋愛対象として意識し始めたのはいつだったんだろう。
 気付いたら好きだった。
 君を、失いたくなかった。
 だから、高校が別々になったときに見返してやりたいと思ったんだ。
 可愛さ余って憎さ百倍ってさ。