あれは、幼稚園の入園式だった。
未だかつてない程の人間の数に驚き、怯えていた僕は、ずっと俯いていた。
明日からは絶対に来るもんかと心に誓いながら。
母に何と言われようと、怖いものは怖いんだ、だから行きたくないと言わなきゃと、ブツブツ唱えた。
式はつつがなく終了し、其々にクラス分けがされ、教室に向かった記憶はあるが、その後何をしたかは覚えていない。それ程緊張していた。
明日からはこのお部屋に来てくださいねと先生に言われ、もう来ないから関係ないと、この時までは思っていた。
教室を出て、靴を手にした時だった、廊下を大声で歌いながら歩いてくる男の子が居た。ドラえもんの歌だった。
彼は、怖くないのだろうか?沢山の人に囲まれて、怖くないのだろうか?
「すすむくん、一緒に帰ろうよ」
彼は既に女の子たちから声をかけられる程、人気者だった。
母に手を引かれて帰路に着く。
その前をすすむくんと呼ばれた彼も歩いている。
「ねえちゃんに言われた通り、顔を上げて笑ったら、怖くなかったよ。」
すすむくんには、助言をくれる姉が居た。羨ましかった。
「でもさ、女の子ってスゴいよな、全然怖くないんだってよ。お友達が沢山出来て楽しいって言ってた。」
おともだち?
「睦城は、お友達が出来そう?」
「おともだちって、なに?」
僕は引きこもりだったから、今まで外で遊んだことがない。だから友達が居なかった。
「一緒に遊ぶ子のことよ。」
一緒に遊ぶ?
僕は前を見た。
すすむくんなら、遊んでみたい。
「睦城?」
店に向かおうとする侑を、後ろから抱き締めた。
「どうした?」
「思い出してた」
「なにを?」
「侑に、初めて会った日。侑に振り向いて欲しいと願った日。あれから、8年掛かった。」
「そっか…頑張っていたんだな。」
僕は、相変わらず俯きがちだったけど、侑に見留めてもらいたくて、上を向いた。
幼稚園でも、小学校でも、同じクラスになれなくて、お友達にはなれないと諦めていた所の、中学でのクラスメート。
しかも通路を挟んだ隣の席で。
きっと、これは、僕の伴侶たるべき人なのだと、悟った。
それくらい、僕は侑を恋うていた。
8年の間に、お友達ではなく、恋人になりたいと、思うようになっていた。 |