| 睦城が教室を始めてから何年か過ぎた頃、一人の小学生がやって来た。 将来、鎌倉彫りを継承できるような立派な彫り師になりたいけれど、教えてくれるところがないと言う。
 なら、睦城に本格的に習ったらどうかとなり、一から修行することとなった。
 はじめのうちは子供の夢を壊さない程度に彫刻刀の使い方などを教えていたが、本人がやる気になっていたので、写生をさせることにした。
 絵心がないと、いい作品が出来ないと伝えると、町の中に咲いている花や木々を丁寧に描いてきた。
 「侑、子供を育てるって難しいね。」
 睦城がため息をついた。
 「自信がない?」
 「彼の才能を潰してしまったらと不安になる。」
 今まであまり人と関わることをしてこなかったのが仇になった。
 「彼は、何でも吸収できる年代だから、大丈夫だよ。」
 大人しくて素直で、芯の強い子だった。
 「心もそうだけど、体も傷つけたら困るしね。」
 彫刻刀の取り扱いには細心の注意を払った。
 「お母さんには一人で使わないようにとは言ってあるけどさ、子供用の手袋がなくて。」
 「なら、専門店に行って作ってもらったらどうだ?」
 睦城には目から鱗だったようだ。
 「そうか、そうだね。うん。」
 睦城は早速電話を掛けていた。
 「侑、女性用があるんだって。」
 侑には気付いていたが、敢えて言わなかった。
 「良かったな。」
 「うん。」
 取り寄せして送ってもらう手はずも済んだ。
 「睦城のお弟子さん一号だからな、大事にしないと。」
 「うん。大切に育てたい。僕が師匠に教わったように、彼にも教えたい。僕の願いはこの伝統ある工芸品を絶やさずに次代へ繋げることなんだ。」
 日本の歴史はこんな風に人から人へと繋がれていたと信じたい。
 それが、睦城の運命だと、思わせたい。
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