| 今日も一日、つつがなく終わった。 「ねぇ、侑。朝四時くらいになると外で鳥が一斉に鳴き始めるって知ってた?」
 「いや?そうなんだ。」
 最近、睦城は眠れない日々を過ごしているようだ。
 はっきりとは言わないからどうしようもない。
 「なら、今夜から腕枕をしてやろうか?」
 途端に真っ赤になる。
 「え?なんで?鳥が鳴くのと腕枕に何の関係があるのさ!」
 まだ気づかないのか。
 「眠れてる?」
 「寝てるよ!ただ、四時頃に目が覚めるんだ。そうすると眠れない…だから大丈夫だよ。」
 「何が不安なんだ?」
 睦城は大袈裟に大きく溜め息を着いた。
 「もう、侑は心配性なんだから!本当に不眠症なんかじゃないよ。夜中にトイレに起きると少し寝付けないことがあってね、それで四時くらいになるんだ。そうすると外で鳥が囀ずり始めるんだよ。まったくもう。」
 笑いながら話すから、大丈夫なんだろう。
 「良かった。なんかさ、最近、次々と辛いことがあったからさ。」
 睦城の親友や中学の同級生が、廃業したり引退したり他界したりと、人生の大きな節目があった。
 「そうだね。」
 睦城も言葉をつげなくなったようだ。
 「睦城と、離れたくないな。」
 「うん」
 僕は、喫茶店を廃業した。
 今は近所の人が集う程度のスペースになっている。
 そのご近所さんも、かなり減った。
 「時代が、代わっていくんだね。」
 睦城が、ポツリと呟く。
 姉の子供たちが、僕らのことは気に掛けてくれている。
 睦城のお弟子さんたちも、時々顔を出してくれる。
 「師匠がさ、突然廃業した理由がなんとなく分かったよ。」
 睦城は相変わらず、彫刻刀を握っている。
 「侑、約束してくれ。どちらが先にお迎えに来られても、一緒にっていう考えだけは持たないで欲しい。最後までちゃんと、生きて欲しい。」
 僕らは、とうに還暦を過ぎていた。
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