100.いつまでも、どこまでも
「おはよう」
「おはよう」
 侑は今日もキッチンで朝食を作る。
「今日は午後から田中君が来るから。」
「了解。田中君も長いね。」
「そうだね、はじめてここに来たのが高校の卒業式の日だったから、そろそろ二十年ってところかな?」
「睦城のお弟子さんの条件は、僕らと同じ中学の卒業生だもんな、範囲が狭すぎるよ。」
 すると睦城は不服そうに唇を尖らせた。
「だってさ、それ以上になると、僕が行けなくなったときに困るからさ。師匠は辞めちゃったけど、僕は最期の時まで彼らの面倒は見てあげたいんだ。」
 睦城は責任感が強い。
「彼らは、睦城の子供たちだもんな。」
「そうだね。20名の精鋭だ。」
 既に名を馳せたお弟子さんもいるのに、まだ睦城に何か相談に来るから不思議だ。職人の世界は難しい。
「侑だって紅茶教室はボランティアで続けているじゃないか。市役所から頼まれるなんて凄いよな。」
 あれは、当時誰かの息子が市役所に勤めてて頼まれたのがズルズルと続いているだけで、睦城とは違うからなぁ。
 今朝のメニューは白飯にしじみの味噌汁と納豆にほうれん草のおひたしだ。
「やっぱり和食はいいなぁ。」
「だよなぁ。」
 しかし、夕飯はステーキだったりする。
「駅前の肉屋、時々安売りしてて助かるよ。」
「うん。」
 二人は、級友たちの話をしなくなった。
 今、生きて生計を立てている人たちに混じって生きている。
 長いものには巻かれろとは上手く言ったものである、若い者にも巻かれた方が楽だ。
 一線から退くのは辛い。
 だから若い人の影から世間を見渡すのだ。
 リタイアは、最期の最期まで足掻いてからだ。
 今日も、海の匂いと海の音と海の眩しさに抱かれながら、この鎌倉の地で僕たちは生きていく。
 近い将来、離れる時が来るけれど、それはホンの僅かなこと。
 直ぐにまた、会えるから。
 信じて、生きていく。